弥生も末の七日、明ぼのゝ空朧々として、月は在
明にて光おさまれる物から、不二の嶺幽にみえて、
上野・谷中の花の梢、又いつかはと心ぼそし。むつ
ましきかぎりは宵よりつどひて、舟に乗て送る。
芭蕉は、住んでいた家を人に譲り、そこから程近い門人
鯉屋杉風の別荘・採荼庵(さいとあん)に移り住んで旅立
ちへの準備をはじめる。
3月27日の早朝、船で小名木川から隅田川に出て、流
れをさかのぼって、みちのくへと旅立つ。
今、深川をたずねてみると、当然のことではあるが、芭
蕉をしのぶよすがはほとんど残っていない。高層ビルに
さえぎられて、富士山はもとより上野の森も見えない。
芭蕉は間違いなく、ここ深川から白河の関を目ざした。
芭蕉記念館から仙台堀川・海辺橋の採荼庵跡まで歩いて
みると、芭蕉と同じ空気に触れたような錯覚におちいっ
たような気がした。
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左芭蕉庵、右遊行柳と刻まれた架空の道標(芭蕉記念館
庭)。
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