芭蕉が見た風景 福井 1689年8月11日
(陽暦9月24日)
2003.5.18取材
CAMEDIA E-100RS

福井は三里計なれば、夕飯したゝめて出るに、たそがれの路、たどたどし。爰に等栽と云、古き隠士有。いづれの年にか、江戸に来りて予を尋。遥十とせ餘り也。いかに老さらぼひて有にや、将、死けるにやと、人に尋侍れば、いまだ存命して、そこそこと教ゆ。市中ひそかに引入て、あやしの小家に、夕顔へちまのはえかゝりて、鶏頭 ・はゝきぎに戸ぼそをかくす。さては此うちにこそと、門を扣ば、侘しげなる女の出て、「いづくよりわたり給ふ道心の御坊にや。あるじは、此あたり何がしと云ものゝ方に行ぬ。もし用あらば尋給へ」といふ。かれが妻なるべしとしらる。むかし物がたりにこそ、かゝる風情は侍れと、やがて尋あひて、その家に二夜とまりて、名月はつるがのみなとにとたび立。等栽も共に送らんと、裾おかしうからげて、路の枝折とうかれ立。


   

 
 芭蕉の宿泊した等栽宅跡の左内公園に立つ句碑。

  名月や見所問ん旅寝せん


[芭蕉が見た風景][次へ]