芭蕉が見た風景 石巻 1689年5月10日
(陽暦6月26日)
2001.5.29 E-100RS
2005.11.2 *istD


 十二日、平和泉と心ざし、あねはの松緒だえの橋など聞傳て、人跡稀に雉兎蒭□の往かふ道、そこともわかず、終に路ふみたがえて石の巻といふ湊に出。こがね花咲とよみて奉たる金花山海上に見わたし、数百の廻船入江につどひ、人家地をあらそひて、竃の煙立つゞけたり。思ひがけず斯る所にも来れる哉と、宿からんとすれど、更に宿かす人なし。漸まどしき小家に一夜をあかして、明れば又しらぬ道まよひ行。袖のわたり尾ぶちの牧まのゝ萱はらなどよそめにみて、遥なる堤を行。心細き長沼にそふて、戸伊摩と云所に一宿して、平泉に到る。其間廿余里ほどゝおぼゆ。


日和山公園に立つ芭蕉・曽良像。
石巻の町並みが一望でき、後方彼方に金華山がある。


   
芭蕉と曽良は日和山へ登り、海上はる
か彼方の金華山へ思いを馳せた。


鹿島御児神社に向かって右手の松の根
元に芭蕉句碑がある。
「雲折々人を休める月見かな」
奥の細道とは関係のない句である。
建立は1748年。




   

歌枕の地「袖の渡り」

石巻という地名の由来になったという巻石。


北上川の堤防には、河東碧梧堂の筆になる
「芭蕉翁一宿の地」の碑が立っている。


登米には古い町並みが残っている。
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