芭蕉が見た風景 象潟 1689年6月16日
(陽暦8月1日)
01.5.31/04.4.28  E-100RS
05.10.20  *istD


 羽黒を立て、鶴が岡の城下、長山氏重行と云物のふの家にむかへ られて、誹諧一巻有。左吉も共に 送りぬ。
川舟に乗て酒田の湊に下る。淵庵不玉と云医師の許を宿とす。

  あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ

  暑き日を海にいれたり最上川


芭蕉が鶴岡で宿泊した長山重行宅跡。
 

芭蕉がここから船に乗り酒田へ内川を下った。
 

芭蕉が酒田で宿泊した佐藤不玉宅跡。
 

芭蕉がたずねた近江屋玉志宅跡。
 

塩俵岩近くに「あつみ山や〜」の句碑が立っている。

塩俵岩は俵を積み上げたような玄武岩の柱状節理。


 江山水陸の風光数を盡して、今象潟に方寸を責。酒田の
湊より東北の方、山を越磯を傳ひ、いさごをふみて、其際
十里、日影やゝかたぶく比、汐風眞砂を吹上、雨朦朧とし
て鳥海の山かくる。闇中に莫作して雨も又奇也とせば、雨
後の晴色又頼母敷と、蜑の苫屋に膝をいれて、雨の晴を待。

 其朝天能霽て、朝日花やかにさし出る程に、象潟に舟を
うかぶ。先能因嶋に舟をよせて、三年幽居の跡をとぶらひ、
むかふの岸に舟をあがれば、花の上こぐとよまれし櫻の老
木、西行法師の記念をのこす。江上に御陵あり、神功后宮
の御墓と云。寺を干満珠寺と云。此處に行幸ありし事いま
だ聞ず。いかなる事にや。此寺の方丈に座して簾を捲ば、
風景一眼の中に盡て、南に鳥海天をさゝえ、其陰うつりて
江にあり。西ハむやむや
の關路をかぎり、東に堤を築て、
秋田にかよふ道遥に、海北にかまえて、浪打
入るところを
汐ごしと云。江の縦横一里ばかり、俤松嶋にかよひて又異
なり。松嶋は笑ふが如く、象潟ハうらむがごとし。寂しさ
に悲しみをくはえて、地勢魂をなやますに似たり。


  象潟や雨に西施がねぶの花

  汐越や鶴はぎぬれて海涼し

    祭禮

  象潟や料理何くふ神祭    曾良

  蜑の家や戸板を敷て夕涼  
みのゝ國の商人低耳

    岩上に雎鳩の巣をみる

  波こえぬ契ありてやみさごの巣  曾良

 

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芭蕉が訪れたときは海だった。1804年に地震で隆起。

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蚶満寺(かんまんじ)仁王門。


蚶満寺から見た夕暮れの象潟。
 

蚶満寺境内の芭蕉像。
 

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蚶満寺の鐘楼そばに植えら
れている芭蕉。
今も残る船つなぎ石。昔、
ここは海だった。
1763年、芭蕉70年
忌に建てられた句碑。
芭蕉は、晴れた日に、欄
干橋から鳥海山を見た。

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