芭蕉が見た風景 小松 1689年7月24日
(陽暦9月7日)
2003.5.18取材
CAMEDIA E-100RS

小松と云所にて

  しほらしき名や小松吹萩すゝき

此所太田の神社に詣。真盛が甲、錦の切あり。往昔、源氏に属せし時、義朝公より給はらせ給とかや。げにも平士のものにあらず。目庇より吹返しまで、菊から草のほりもの金をちりばめ 、龍頭に鍬形打たり。真盛討死の後、木曾義仲願状にそへて、此社にこめられ侍よし、樋口の次郎が使せし事共、まのあたり縁記にみえたり。

  むざんやな甲の下のきりぎりす


おとずれた日は、本折日吉(もとおりひえ)神社の「お旅まつり」で、町には華やいだ雰囲気が漂っていた。この神社の境内にも、芭蕉翁留杖之地という記念碑と「しほらしき」の句碑がある。

   

  
  日吉神社の御幣を持つ猿の石像。
   

建聖寺境内にある芭蕉塚(左)と「しほらしき」の句碑。
   

「はせを留杖ノ地」の石標が立つ建聖寺門前。
   

多太神社の江戸期の句碑 あなむざん兜の下の
きりぎりす
「あなむざん」は推敲前のもの。

実盛の兜を石で造ったものが鳥居横に飾られている。
当日は、本物の兜が納められた宝物館は閉まっていた。


尼御前SA(下り線)の「むざんやな〜」の句碑。2009/4/13


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