芭蕉が見た風景 松嶋 1689年5月9日
(陽暦6月25日)
2001.5.28取材
CAMEDIA E-100RS

matusima-matusima.jpg (81919 バイト)
西行戻しの松から見た松嶋の夕暮れ。

matusima-osima.jpg (119767 バイト)
雄嶋は本土と小さな橋でつながっている。
芭蕉が地続きと書いているのは、芭蕉の勘違い?。


 日既 午にちかし。船をかりて松嶋にわたる。其間二里餘、雄嶋の磯につく。

 抑ことふりにたれど、松嶋は扶桑第一の好風にして、凡洞庭西湖を恥ず。東南より海を入て、江の中三里、浙江の湖をたゝふ。嶋嶋の数を尽して、欹ものは天を指、ふすものは波に葡蔔。あるは二重にかさなり三重に畳みて、左にわかれ右につらなる。負るあり抱るあり、児孫愛すがごとし。松の緑こまやかに、枝葉汐風に吹たはめて、屈曲をのづからためたるがごとし。其景色□然として美人の顔を粧ふ。ちはや振神のむかし、大山ずみのなせるわざにや。造化の天工、いづれの人か筆をふるひ詞を尽さむ。

 雄嶋が磯は地つゞきて海に出たる嶋也。雲居禅師の別室の跡、坐禅石など有。将松の木陰に世をいとふ人も稀稀見え侍りて、落穂松笠など打けぶりたる草の庵閑に住なし、いかなる人とはしられずながら、先なつかしく立寄ほどに、月海にうつりて昼のながめ又あらたむ。江上に帰りて宿を求れば、窓をひらき二階を作て、風雲の中に旅寝するこそ、あやしきまで妙なる心地はせらるれ。

  松嶋や鶴に身をかれほとゝぎす
  曾良

 予は口をとぢて眠らんとしていねられず。旧庵をわかるゝ時、素堂松嶋の詩あり。原安適松がうらしまの和哥を贈らる。袋を解てこよひの友とす。且杉風濁子が発句あり。

 十一日、瑞岩寺に詣。当寺三十二世の昔、真壁の平四郎出家して、入唐帰朝の後開山す。其後に雲居禅師の徳化に依て、七堂甍改りて、金壁荘厳光を輝、仏土成就の大伽藍とはなれりける。彼見仏聖の寺はいづくにやとしたはる
    


matusima-zuiganji.jpg (143431 バイト) 
「桑海禅林」という扁額の瑞巌寺総門は芭蕉も
通った。総門右手には修行場として掘られた石
窟がある。

matusima-kannon.jpg (130993 バイト)
本堂前の中門まで、うっそうたる杉並木がつづく。
石窟の入口には仏像が安置されている。
     

[芭蕉が見た風景][次へ]