芭蕉が見た風景 宮城野 1689年5月4日
(陽暦6月20日)
2001.5.28取材
CAMEDIA E-100RS
  
 名取川を渡て仙臺に入。あやめふく日也。旅宿をもとめて四五日
逗留す。爰に畫工加右衛門と云ものあり。聊心ある者と聞て、知る
人になる。この者年比さだかならぬ名どころを考置侍ればとて、一
日案内す。宮城野の萩茂りあひて、秋の氣色思ひやらるゝ。玉田・
よこ野・つゝじが岡ハあせび咲ころ也。日影ももらぬ松の林に入て、
爰を木の下と云とぞ。昔もかく露ふかければこそ、みさぶらひみか
さとはよみたれ。藥師堂・天神の御社など拝みて、其日はくれぬ。
猶松嶋・鹽がまの所々畫に書て送る。且紺の染緒つけたる草鞋二足
餞す。さればこそ風流のしれもの、爰に至りて其實を顯す。

 
 あやめ草足に結ん草鞋の緒
宮城野はなつかしいところである。学生時代、仙石線の線路をはさんだ榴ヶ岡天満宮の向かいの下宿に住んでいた。下宿の窓から天満宮の石段が見えた。
薬師堂もすぐ近くであった。

今回、久しぶりにたずねてみた。榴ヶ岡には
昔の面影はなかったが、天満宮や薬師堂は昔
と変わらなかった。その雰囲気が、芭蕉がお
とずれた頃とあまり変わっていないことを願
いつつ、薬師堂の雰囲気を味わった。

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陸奥国分寺跡の木ノ下薬師堂仁王門。
わらじが下がっている。

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榴ヶ岡天満宮の石段とあやめ草の句碑


多賀城址の「あやめ草〜」の句碑。2009/4/20







 

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