芭蕉が見た風景
日光
1689年4月1日
(新暦5月19日)
02.9.20取材
CAMEDIA E-100RS
卅日、日光山の梺に泊る。あるじの云けるやう、「我名を佛五左衛門と云。萬正 直を旨とする故に、人かく
は申侍まゝ、一夜の草の枕も打解て、休み給へ」と云。 いかなる佛の濁世塵土に示現して、かゝる桑門の乞食
巡禮ごときの人をたすけ 給ふにやと、あるじのなす事に心をとゞめてみるに、唯無知無分別にして、正直偏固
の者也。剛毅木訥の仁に近きたぐひ、気稟の清質尤尊ぶべし。
卯月朔日、御山に詣拝す。往昔此御山を二荒
山と書しを、空海大師開基の時、日光と改給ふ。
千歳未来をさとり給ふにや。今此御光一天にか
ゝやきて、恩沢八荒にあふれ、四民安堵の栖穏
なり。猶憚多くて筆をさし置ぬ。
あらたうと青葉若葉の日の光
黒髪山は霞かゝりて、雪いまだ白し。
剃捨て黒髪山に衣更 曽良
廿余丁山を登つて瀧有。岩洞の頂より飛流し
て百尺、千岩の碧潭に落たり。岩窟に身をひそ
め入て瀧の裏よりみれば、うらみの瀧と申伝え
侍る也。
暫時は瀧に籠るや夏の初
素木造りの神厩舎の長押(なげし)に刻まれた三猿。
芭蕉が東照宮で最初にたずねた
のが養源院。今は石垣のみ残る。
含満ヶ淵は大谷川にあり、川に向かって
たくさんの地蔵が並んでいる。
裏見の滝は山深いところにある。
滝の裏へは立入禁止。
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