
義仲寺境内の入口付近に立つ句碑。
行春をあふミの人とおしみける
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奥の細道の旅から帰ってきた芭蕉は、元禄2年(1689)12月から元禄4年9月まで大津に滞在して、ここから京都などへ出かけた。大津滞在中の宿が、膳所の義仲寺無名庵、国分山の幻住庵であった。
義仲寺は、寿永3年(1184)1月、この地で討ち死にした木曾義仲の墓所がある寺で、元禄7年(1694)10月に大阪で客死した芭蕉もここに埋葬されている。
幻住庵では、「石山の奥、岩間のうしろに山あり、国分山という」という書き出しではじまる『幻住庵の記』(『猿蓑』に掲載)を残している。

幻住庵跡付近の椎の木の根元に立つ句碑。
先づ頼む椎の木もあり夏木立
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