心許なき日かず重るまゝに、白川の関にかゝりて旅心定まりぬ。
いかで都へと便求しも斷也。中にもこの関は三関の一にして、風騒
の人心をとゞむ。秋風を耳に殘し、紅葉を俤にして、青葉の梢猶あ
はれなり。卯の花の白妙に、茨の花の咲そひて、雪にもこゆる心地
ぞする。古人冠を正し衣装を改し事など、清輔の筆にもとゞめ置れ
しとぞ。
卯の花をかざしに關の睛着かな 曾良
現在の那須町芦野の遊行柳で、「田一枚植ゑえて立去る柳かな」という
名句を残した芭蕉は、境明神を経て、その日のうちに、白河の関跡があ
る旗宿に達している。芦野から境明神までは約10km、さらに白河の
関跡までは約6kmである。
境明神は国境いにあり、ここからがいよいよ陸奥(みちのく)である。
現在でも、栃木県と福島県の県境であり、栃木県側には玉津島神社、福
島県側には境神社が建っている。
白河の関跡には、歌碑など見るべきものがたくさんあり、往時をしのび
ながら、白河神社の森の中をのんびりと歩いてみた。樹齢800年と伝
えられる従二位の杉を芭蕉は見ただろうか。 |

今でも関の濠跡がはっきりと残っている。 |