芭蕉が見た風景 白河の関   1689年4月20日
 (陽暦6月7日)
2001.5.27取材
CAMEDIA E-100RS

 心許なき日かず重るまゝに、白川の関にかゝりて旅心定まりぬ。
いかで都へと
便求しも斷也。中にもこの関は三関の一にして、風騒
の人心をとゞむ。秋風を耳に殘し、紅葉を俤にして、青葉の梢猶あ
はれなり。卯の花の白妙に、茨の花の咲そひて、雪にもこゆる心地
ぞする。古人冠を正し衣装を改し事など、清輔の筆にもとゞめ置れ
しとぞ。

  卯の花をかざしに關の睛着かな    曾良


現在の那須町芦野の遊行柳で、「田一枚植ゑえて立去る柳かな」という
名句を残した芭蕉は、境明神を経て、その日のうちに、白河の関跡があ
る旗宿に達している。芦野から境明神までは約10km、さらに白河の
関跡までは約6kmである。

境明神は国境いにあり、ここからがいよいよ陸奥(みちのく)である。
現在でも、栃木県と福島県の県境であり、栃木県側には玉津島神社、福
島県側には境神社が建っている。

白河の関跡には、歌碑など見るべきものがたくさんあり、往時をしのび
ながら、白河神社の森の中をのんびりと歩いてみた。樹齢800年と伝
えられる従二位の杉を芭蕉は見ただろうか。

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今でも関の濠跡がはっきり残っている。

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境明神には「田一枚」句碑。

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白河の関跡、白河神社参道。 西行などの古歌碑。

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関跡にそびえる従二位の杉。

2002年9月21日に、再び、境明神と白河の関周辺をたずねた。


境明神のある国境い。前回は駐車場所に困ったが、
近くに、観光駐車場が新設されていた。


白河の関跡にある加藤楸邨筆による奥の細道文学碑。
奥の細道・白河の関の文章「心許なき日かず・・」。

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