芭蕉が見た風景 尿前の関 1689年5月15日
(陽暦7月1日)
2001.5.30取材
CAMEDIA E-100RS

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草に埋もれた尿前の関跡の石垣。旧出羽街道の石畳

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関跡近くの「蚤虱〜」の句碑。
明和5年(1766)の銘があり、芭蕉がここを
通ってから80年後に建立されたものである。
    


 
南部道遥にみやりて、岩手の里に泊る。小黒崎・みづの小嶋を過て、なるごの湯より尿前の関にかゝりて、出羽の国に越んとす。此道旅人稀なる所なれば、関守にあやしめられて、漸として関をこす。大山をのぼつて日既暮ければ、封人の家を見かけて舎を求む。三日風雨あれて、よしなき山中に逗留す。

 
 蚤虱馬の尿する枕もと

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仙台藩と新庄藩との境、今は宮城県と山形県の県境を越えると堺田で、通行量の多い国道47号線沿いに封人の家がある。

この家は約300年の歴史があり、国の重要文化財に指定されている。芭蕉は風雨に阻まれ、ここに2泊した。

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