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とかくして越行まゝに、あぶくま川を渡る。左に會津根高く、右に岩城・相馬・三春の庄、常陸・下野の
地をさかひて山つらなる。かげ沼と云所を行に、今日は空曇て物影うつらず。すか川の驛に等窮といふもの
を尋て、四五日とゞめらる。先白河の關いかにこえつるやと問。長途のくるしみ、心身つかれ、且は風景に
魂うばゝれ、壞舊に腸を斷て、はかばかしう思ひめぐらさず。
風流の初やおくの田植うた
無下にこえんもさすがにと語れば、脇・第三とつゞけて、三卷となしぬ。
此宿の傍に、大なる栗の木陰をたのみて、世をいとふ僧有。橡ひろふ太山もかくやと閑に覚られてものに
書付侍る。其詞、
栗といふ文字は西の木と書て 西方浄土に便ありと、行基菩薩の一生杖にも 柱にも此木を用給ふとかや。
世の人の見付ぬ花や軒の栗 |
ミニナイアガラのような乙字ヶ滝。
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芭蕉句碑。
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芭蕉と曾良が須賀川に着いたのは5月2
2日、相楽等躬(さがらとうきゅう)宅を
たずね29日まで滞在している。本文に
は書かれていないが、29日に郡山へ向
かう途中に、石河滝に立ち寄っている。
石河滝は今は乙字ヶ滝と呼ばれている。
阿武隈川が「乙」の字形の崖の部分が、
幅約60m、落差約3mの滝になってい
る。
ここで芭蕉が詠んだ句が、「五月雨の瀧
降りうづむ水かさ哉」であり、江戸期に
建立された句碑が、滝のすぐそばの滝見
不動の境内に立っている。
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「世をいとふ僧」河伸庵跡。 |

河伸庵跡の「世の中の」の句碑。 |

十念寺の「風流の」の句碑。 |
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