芭蕉が見た風景 敦賀 1689年8月14日
(陽暦9月27日)
2003.5.19取材
CAMEDIA E-100RS

漸、白根が嶽かくれて、比那が嵩あはる。あさむづの橋をわたりて、玉江の蘆は穂に出にけり。鴬の関を過て、湯尾峠を越れば、燧が城、かへるやまに初雁を聞て、十四日の夕ぐれ、つるがの津に宿をもとむ。

その夜、月殊晴れたり。「あすの夜もかくあるべきにや」といへば、「越路の習ひ、猶明夜の陰晴はかりがたし」と、あるじに酒すゝめられて、けいの明神に夜参す。仲哀天皇の御廟也。社頭神さびて、松の木の間に月のもり入たる、おまへの白砂、霜を敷るがごとし。「往昔遊行二世の上人、大願発起の事ありて、みづから草を刈、土石を荷ひ、泥渟をかはかせて、参詣往来の煩なし。古例、今にたえず、神前に真砂を荷ひ給ふ。これを遊行の砂持と申侍る」と亭主のかたりける。

  月清し遊行のもてる砂の上

十五日、亭主の詞にたがはず、雨降。

  名月や北国日和定なき

 
 今庄から敦賀へ、芭蕉も越えた木ノ芽峠。


気比神宮境内の台座に「月清し」の句が刻まれた
芭蕉像と敦賀で詠まれた月五句の句碑。
 月5句 国々の八景更に気比の月
     月清し遊行の持てる砂の上
     ふるき名の角鹿や恋し気比の月
     月いづく鐘を沈る海の底
     名月や北国日和定めなき


気比神宮境内のなみだしくや遊行のもてる砂の露
の句碑〜露塚。


芭蕉が敦賀で逗留した出雲屋跡、
相生町のレストラン梅田前。
   


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