温泉に浴す。其功有明に次と云。
山中や菊はたおらぬ湯の匂
あるじとする物は、久米之助とて、いまだ小童也。かれが父誹諧を好み、洛の貞室、若輩のむかし、爰に来たりし比、風雅に辱しめられて、洛に帰て貞徳の門人となつて
、世にしらる。功名の後、此一村、判司の料を請ずと云。今更むかし語とはなりぬ。
曾良は腹を病て、伊勢の国、長島と云所にゆかりあれば、先立て行に、
ゆきゆきてたふれ伏とも萩の原 曾良
と書置たり。行くものゝ悲しみ、残るものゝうらみ、隻鳧のわかれて雲にまよふがごとし。予も又、
今日よりや書付消さん笠の露

山中温泉で芭蕉が泊った和泉屋跡にたつ記念碑。
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かつては、総湯と呼ばれていた共同浴場跡にたつ菊の湯。
芭蕉は山中温泉の和泉屋に9日間泊ったが、総湯は和泉
屋の向かいにあった。
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