菩薩のほほえみ 大山寺の地蔵

          daizen-jizo1.jpg (51884 バイト)
          
横手道から大山寺への上り口に立つ道標と地蔵。
                    1998/5/16 FujiGA645/60mm

  関金町から西進してきた道は、地蔵峠で南北へ分岐する。地蔵峠には、文久年間の道標と寛政年間
  の地蔵が残っているとのことであるが、付近を散々探したものの見つけることはできなかった。し
  かし、大山寺付近では、数か所で一町地蔵を見つけることができた。

  大山寺近くの川床には、道標でも町石でもないが、「烏芻沙摩明王」という四臂の大きな石仏があ
  る。おそらく、道の守り神として安置されたものであろう。大山の石仏はほとんどが地蔵であるた
  め、この石像に出会ったときは新鮮だった。

  尾高道は、大山寺に向かって赤松から博労座までほぼまっすぐにのびている。この五十三町(約5
  ・8キロ)の区間に、一町ごとに地蔵が並んでいる。享保年間(1716年から35年まで)に建て
  られたもので、町数ではなく、一番、二番などと番号が刻まれている。

  横手道には、「石の鳥居」の少し手前、登山道入口に天明八年(1788)建造の道標が地蔵と並
  んで立っている。道標は状態がよく、「従是、右みぞ口二ぶへ。左ゑび並みづくゑ道」の文字が刻
  まれている。みぞ口は今の溝口町であるが、他は昔の地名が彫られているのであろうか意味がよく
  分からない。


daizen-matunamiki.jpg (12878 バイト)
横手道からは、阿弥陀堂などを経て大山寺へ至る僧兵コースと名
付けられた自然歩道がある。ブナなどの自然林の中を、鳥のさえ
ずりを聞きながら散策するのは気持ちがいい。この自然歩道にも、
所々に、呼称が付けられた地蔵が立っている。

大山寺本堂のすぐ裏には、自然歩道の道標の下に十一番の一町地蔵
が立っている。おそらく、他の場所から移されてきたものであろう。

これから先、大神山神社へは自然石が敷かれた参道が続くが、参道
の途中には大きな岩に彫られた江戸中期の「吉持地蔵」が立って
いる。岩を含めた造形全体、地蔵の彫りの美しさ、大山地蔵中の
最高傑作であろう。

   大山松並木(1998/5/17)

daizen-jizo5.jpg (8422 バイト)
大神山神社へお参りし、今回の旅のしめくくりとすることにした。
ここは日本全国の「気」が集まるところであり、日本神話は実話
で、それを分かりやすく民衆に伝えるために、ヤマタノオロチな
どに形容した、などと説明してくれた人がいた。大山は、どこか
神秘的なところに魅力を感じる。

               『日本の石仏』1998年秋号「大山道の道標と町石」より抜粋



←尾高道と坊領道が合流する博労座の三叉路に
 立つ、道標と等身大の江戸末期の別れ地蔵。

 1998/4/27 CanonNewF1/50mm

daizen-jizo2.jpg (54491 バイト)
      
大山地蔵の最高傑作、江戸中期の吉持地蔵。1998/5/17 CanonNewF1/50mm

      
daizen-jizo3.jpg (29767 バイト) daizen-jizo4.jpg (36985 バイト)
      横手道・石の鳥居付近にある魅力的な地蔵。 1998/5/17 CanonNewF1/50mm

                     [菩薩のほほえみ]