文学散歩

伊豆の若山牧水

伊豆半島西岸に牧水の足跡をたずねる。
2013/4/6 K20D EOS 7D
 
    
●松崎町岩地海岸
山ねむる山のふもとに海眠る
かなしき春の国を旅ゆく


牧水は岩地海岸へは立ち寄っていないそうだが、岩地はこの歌のイメージに近いところである。牧水は、国道から少し下ったところにある岩地には立ち寄らなかったとしても、この風景は目にしたかもしれない。

牧水が伊豆を旅したのは大正9年(1920)2月、今のように人家は少なく、寒々とした風景だったことだろう。


国道から見た岩地海岸。
地元では東洋のコートダジュールとして観光宣伝をしているが、この日は小雨模様だったので、その雰囲気は感じられなかった。
   

●土肥温泉土肥館
牧水は、大正7年(1918)、33歳のときから、しばしば長期滞在し数十首の歌を詠んだ。土肥館は常宿だったようだ。


わが泊まり 三日四日つづきゐつきたる この部屋に見る冬草のやま
この歌は大正11年(1922)正月に滞在したときのものである。そのときの妻喜志子の歌碑が右手にある。
蛙なき夕さりくれば かへらましかへらましといふ 吾子つれてきぬ

海岸から見た土肥温泉。土肥館は海から少し離れた奥まったところにある。
   
●土肥温泉松原公園

ひそまりてひさしく見れば
とほ山のひなたの冬木
かぜさわぐらし


大正7年(1918)2月の作。

   
●戸田港御浜崎

歌碑は灯台近くの松の木の下にある。晴れていれば、中央付近に富士山が見えるはずだった。
   
伊豆の国
戸田の港ゆ
船出すと
はしなく見たれ
富士の高嶺を


大正7年(1918)1月、戸田港の定期船から
詠んだものだという。
   
●伊豆ではないが、三島と裾野の歌碑もたずねた
のずえなる
三島のまちのあげ花火月
夜のそらに散りて消ゆなり


三島大社前庭の池のそばにある。

大正9年(1920)、三島大社の夏祭りの花火を見てこの歌を詠んだという。
    
富士が嶺や
すそのに来り仰ぐとき
いよよ親しき
山にぞありける


この歌碑は、裾野市の中央公園にある。
牧水が裾野をおとずれたのは大正9年(1920)10月、五竜の滝付近にある五竜館に宿泊した。



おとずれたときは夕方で、五竜の滝は逆光であった。
都市化が進んでいて、五竜の滝の向こうには住宅が見える。


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