文学散歩

若山牧水歌碑

   
    
■七ツ島展望所/宮崎県日向市 2018/1/25 K-7


山ねむる 山のふもとに海ねむる かなしき春の国を旅ゆく


展望所から須美江の入江を見る。


展望所へむかう途中から外海を見る。
    
■富島中学校/宮崎県日向市 2018/1/24 K-7

校門を入ってすぐ左手にある。
校内は立入禁止なので門の外から撮影した。

うつくしき清き思ひ出
とどめおかむ
願いを持ちて
今はすごせよ
    
■御鉾ケ浦(みほこがうら)公園/宮崎県日向市 2018/1/24 K-7

細島港から馬ケ背に行く途中に
御鉾ケ浦がある。
山側に階段状に公園があり、2段目の南端に歌碑がある。


ふるさとの お秀が墓に 草かれむ 海に向かへる 岡の上に


どこかで見たことのある風景だと思ったら、NHKBS「こころ旅」2018年秋編で火野正平さんがおとずれた御鉾ケ浦海水浴場だった。

お秀とは細島の旧家の娘・日高秀子のことで日本女子大学の学生だった。
牧水が早稲田時代に帰郷していた時に友人を通して知り合い、数日間を細島ですごした。
牧水は秀子に恋心をいだいたが、身分違いということもあり恋は実らなかった。やがて秀子に恋人ができたがその恋も実らず、22歳で大阪で亡くなった。
この歌は、のちに秀子の墓参りをしたときに詠んだものである。
    
■馬ケ背観光案所/宮崎県日向市 2018/1/24 K-7

日向岬に馬ケ背という柱状節理の断崖絶壁がある。
馬ケ背観光案内所から約400m歩くと、高さ約70m、奥行き約200m
の切り立った崖を眼下に見ることができる。


牧水の歌碑は、馬ケ背観光案内所の右手にある。


樹は妙に 草うるはしき 青の國 日向は夏の 香にかをるかな
 
    
■都農駅前ロータリー/宮崎県都農町 2018/1/24 K-7


ふるさとの 尾鈴の山の かなしさよ 秋もかすみの たなびきてをり
    
■えびの市立図書館脇/宮崎県えびの市 2017/12/21 K-5Us


有明の 月は冴えつつ

霧島の 山の谷間に 霧たちわたる


大正14年(1925)12月2日に霧島山栄之尾温泉に泊まった時のもので、もう1首詠まれている。

見おろせば 霧島山の山すその

野辺のひろきに なびく朝雲

 
     
■瀬戸川/岐阜県飛騨市古川町 2017/10/30 K-5Us
瀬戸川沿いの白壁土蔵の町並みは飛騨古川を代表する風景であるが、その河畔に牧水の歌碑がある。
大正10年(1921)秋の旅で、飛騨古川へ立ち寄った時に詠まれたものである。


 ゆきくれて ひと夜を宿る

 ひたのくにの 古川の町に

 時雨ふるなり



歌碑は、円光寺裏の瀬戸川の説明板の向かいにある。
      
■懐古園二の丸跡/長野県小諸市 2017/10/27 K-5Us
牧水は明治43年(1910)9月13日から2か月間病気療養のために小諸に滞在した。牧水は26歳だった。
その時に詠んだ歌が二の丸跡の石垣に刻まれている。


かたはらに 秋ぐさの花 かたるらく ほろびしものは なつかしきかな

昭和11年(1936)5月18日、懐古園を訪れた山頭火はこの歌碑を見て、「二之丸阯の一つに牧水の歌が刻んである」と『行乞記』に書いている。


二の丸跡からは紅葉で染まった山が見える。一番右が浅間山で、山頂付近の雲のように見えるのは積雪。
    
■JR戸畑駅付近/福岡県北九州市戸畑区 2017/10/3  G9XMarkII
戸畑駅付近には牧水の歌碑が2か所ある。駅南の戸畑図書館芝生エリア、駅北のロータリーの中の小公園。


新墾にいはりの この坂道の すそとほし 友のすがたの 其処そこゆ登り来
牧水は、主宰する歌誌「創作」の地元支社の招きで、北九州を3度訪れている。
大正14年(1925)11月、揮毫の会のために宿泊した八幡東区荒生田の宿から、夫人とともに鞘ケ谷の峠を越えて、戸畑の毛利雨一楼(ういちろう)
をたずねたときに詠んだものである。同じ歌の歌碑が2基並んでいるが、右の歌碑はどこかから移設したものだろう。
うしろの建物は1933年建造の旧戸畑市役所庁舎、現北九州市立戸畑図書館。本を借りに来た時にこの歌碑の存在を知った。


われ三たび 此処に来りつ 家のあるじ 寂び定まりて 静かなるべし
戸畑駅北側の南鳥旗町に雨一楼の家があり、牧水が北九州に来た時にはかならず雨一楼をたずねるほどの親しい間柄であった。
この歌は昭和2年(1927)5月に雨一楼をたずねた時に詠んだもの。この歌碑は、もとは雨一楼の旧宅前にあったという。
             
■国鉄佐賀線筑後若津駅跡/福岡県大川市 2015/7/24 EOS 5D
筑後川
河口ひろみ 大汐の
干潟はるけき
春の夕ぐれ


この歌は、大正13年3月21日、弟子ら数十人と大川市をたずねたときに詠まれた。

歌に詠まれているように、このあたりは筑後川の河口近くで川幅が広く、筑後川にかかる旧国鉄佐賀線の鉄橋の長さは507m。

鉄橋は昭和10年に架設されたので、牧水がたずねた時にはなかった。


筑後若津駅跡から佐賀方向を見る。


筑後川昇開橋。決められた時刻に可動部が降り歩いて渡れる。
     
■高千穂峡/宮崎県高千穂町 2011/11/15 K20D
幾山河 越えさり行かば
寂しさの はてなむ国ぞ
けふも旅ゆく


この歌は、早稲田大学の学生の時に、岡山・広島県境の二本松峠で詠まれたものである。

牧水の歌の中でもっともよく知られていて、歌碑ももっとも多いのではないだろうか。

横に説明板がないと見過ごしてしましそうなほど、高千穂峡の歌碑は苔むしていた。
    
■馬見原(まみはら)/熊本県山都町 2011/11/14 K20D
山の宿の 固き枕に 夢を呼ぶ
秋の女神の 衣白かりき



明治35年(1902)、17歳の旧制中学の学生だった若山牧水は、修学旅行で、延岡から日向往還を通って熊本へ向かった。

馬見原に泊まった牧水は、その日記の中で次のように書いている。

秋色ますます深くして、そぞろに旅の面白きを感ず、赤谷のはづれにて阿蘇の煙の立ち上るを見たり、高山開けて、岡丘表はる、三時馬見原に着く。

第三小の第三、第四分隊は和泉屋と云うに泊る、待遇頗る厚し、馬見原はしゃれた町なり。


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