文学散歩

夏目漱石『草枕』の道を歩く

2015/12/7 X100 K-7
    
山路やまみちを登りながら、こう考えた。
に働けばかどが立つ。じょうさおさせば流される。意地をとおせば窮屈きゅうくつだ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさがこうじると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいとさとった時、詩が生れて、が出来る。


草枕の道の標識に描かれているシンボルマーク。みかんと道のデザイン。
夏目漱石は、旧制第五高等学校の英語教師として赴任し、明治29年4月から明治33年7月までの4年3か月を熊本ですごした。

明治30年11月頃、同僚の山川信次郎らと小天(こあま)温泉を訪れたのを初め、同年12月27、28日頃から翌31年1月3、4日頃にかけ峠を越えて小天温泉を訪れ、前田覚之助(案山子かがし)の別荘に滞在。

さらにその年の8月か9月初め、山川信次郎、木村邦彦ら5人で訪れ、湯の浦の別荘で昼食、さらに前田案山子の本宅を訪れる。帰りは岩戸観音や鼓ヶ滝を見物、熊の岳(685m)と 金峰山(685m)の間の鎌研(かまとぎ)坂を通り熊本に帰っている。それらの体験が「草枕」の下地になっていると思われる。  
渡部芳紀先生の「草枕」を歩く(熊本から小天温泉へ)より引用

草枕の道は、熊本市街の西にある岳林寺から鳥越峠・野出(のいで)峠の二つの峠を越えて、旧前田家別邸までの15kmで、所要時間は5時間とされている。

筆者は鎌研坂から約13kmを歩いた。撮影時間・休憩時間込みで、所要時間は4時間30分だった。熊本交通センターから10時30分のバスに乗り、鎌研で降りて草枕の道をたどった。帰りは、小天温泉からバスに乗り、熊本交通センターへ17時15分に着いた。

漱石が小天温泉をたずねたのは冬と夏であるが、「草枕」の中の季節は春である。草枕の道の後半はみかん畑の中を行く。したがって、筆者はみかんの収穫が終わる前の12月上旬に草枕の道を歩いた。

草枕の道は標識がよく整備されていて安心感がある。
地図を持たなくても大丈夫であるが、草枕の旅案内図1草枕の旅案内図2草枕の旅案内図3が大変役立った。
関連ページ→漱石が歩いた石畳道


                                                                                                                       
   鎌研坂から見た熊本市街
「草枕」は、紀行文ではなく小説である。
新書判の2段組で123ページの作品であるが、18ページ目で前田家がある邦古井(なこい)へ到着する。
    

鎌研坂の登り口。

鎌研坂の途中にある放牛地蔵。江戸中期の僧・放牛作の石仏。
    

鎌研坂を登りきったところがバス停。県道1号の向かいに礎石の句碑。
木瓜(ぼけ)咲くや 漱石(せつ)を守るべく

県道から草枕の道へ。ここではじめて、草枕の道の道標を見た。
オレンジ地に草枕の道と書かれ、白い矢印で進む方角が示されている。
    

復元された鳥越峠の茶屋。

かつての鳥越峠の茶屋跡。建物の下には井戸が残っている。
    
「おい」と声を掛けたが返事がない。
軒下のきしたから奥をのぞくとすすけた障子しょうじが立て切ってある。向う側は見えない。五六足の草鞋わらじさびしそうにひさしからつるされて、屈托気くったくげにふらりふらりと揺れる。下に駄菓子だがしの箱が三つばかり並んで、そばに五厘銭と文久銭ぶんきゅうせんが散らばっている。
「おい」とまた声をかける。土間のすみに片寄せてあるうすの上に、ふくれていたにわとりが、驚ろいて眼をさます。ククク、クククと騒ぎ出す。敷居の外に土竈どべっついが、今しがたの雨に濡れて、半分ほど色が変ってる上に、真黒な茶釜ちゃがまがかけてあるが、土の茶釜か、銀の茶釜かわからない。幸い下はきつけてある。
返事がないから、無断でずっと這入はいって、床几しょうぎの上へ腰をおろした。にわとり羽摶はばたきをしてうすから飛び下りる。今度は畳の上へあがった。障子しょうじがしめてなければ奥までけぬける気かも知れない。雄が太い声でこけっこっこと云うと、雌が細い声でけけっこっこと云う。まるで余を狐かいぬのように考えているらしい。床几の上には一升枡いっしょうますほどな煙草盆たばこぼんが閑静に控えて、中にはとぐろをいた線香が、日の移るのを知らぬ顔で、すこぶる悠長ゆうちょういぶっている。雨はしだいに収まる。
しばらくすると、奥の方から足音がして、すすけた障子がさらりとく。なかから一人の婆さんが出る。
 
    

鳥越峠の茶屋跡から少し先の竹林の美しい道。たしか、振り返って撮影したような気がする。
竹林の先で再び県道1号に出るが、その先で通行止めになっていたため、標識にしたがって約1kmの区間を迂回した。     
  

里道の紅葉が美しい。

左が二ノ岳(熊ノ岳)、右が三ノ岳。どちらも標高680m台の山。


県道1号に出て、県道101号との分岐の少し先で野出峠への道へ入る。


野出越えの石畳道入口の漱石句碑。 家を出て 師走の雨に 合羽哉
    

竹林の中を行く美しい石畳道。天明(1785年頃)の銘がある地蔵が見守っている。

石畳をぬけると市道と合流し、しばらく進んだのちに市道からそれてみかん畑の中の道を行くと、野出峠の茶屋跡に達する。

野出峠の茶屋跡。

「草枕」に峠の茶屋での次のような記述がある。
この御婆さんに石臼いしうすかして見たくなった。しかしそんな注文も出来ぬから、
「ここから那古井なこいまでは一里らずだったね」と別な事を聞いて見る。
「はい、二十八丁と申します。旦那だんな湯治とうじ御越おこしで……」
「込み合わなければ、少し逗留とうりゅうしようかと思うが、まあ気が向けばさ」

邦古井は小天のことで、28丁は約3km。
鳥越峠の茶屋から邦古井まで12km。野出峠の茶屋から邦古井まで6km以上、どちらも距離が合わない。

「草枕」は紀行文ではなく小説であるから、二つの峠の茶屋がひとつに描かれているのではないかと考えられている。


茶屋跡近くの小公園に漱石の句碑がある。 天草の 後ろに寒き 入日かな


峠を下る。振り返ると遠くに金峰山(一ノ岳)。
   

舗装されていない草道。このあたりから邦古井まで下り。

熊本市と玉名市天水町の境界。

境界石には次のように刻まれている。
草枕道 これより邦古井里 漱石館まで半里
温泉の山や 蜜柑の山の 南側 漱石

邦古井まで半里というから約2km。


草枕の道は、みかん作りに必要な農道であるから、荒れることなく今も通行可能なのだろう。
前方が開けてきた。草枕の道は、県道1号を横断し邦古井の里へ入って行く。
   

「草枕」に白壁の家と書かれている前田本家跡。

境谷の大榎は樹齢150年以上。
    

前田家別邸近くの道標。小説草枕道と読める。

前田家別邸。左が玄関(門)、右が浴室。2004年に修復された。
   
昨夕ゆうべは妙な気持ちがした。
宿へ着いたのは夜の八時頃であったから、家の具合ぐあい庭の作り方は無論、東西の区別さえわからなかった。何だか廻廊のような所をしきりに引き廻されて、しまいに六畳ほどの小さな座敷へ入れられた。むかし来た時とはまるで見当が違う。晩餐ばんさんを済まして、湯にって、へやへ帰って茶を飲んでいると、小女こおんなが来てとこべよかとう。
不思議に思ったのは、宿へ着いた時の取次も、晩食ばんめしの給仕も、湯壺ゆつぼへの案内も、床を敷く面倒も、ことごとくこの小女一人で弁じている。それで口は滅多めったにきかぬ。と云うて、田舎染いなかじみてもおらぬ。赤い帯を色気いろけなく結んで、古風な紙燭しそくをつけて、廊下のような、梯子段はしごだんのような所をぐるぐる廻わらされた時、同じ帯の同じ紙燭で、同じ廊下とも階段ともつかぬ所を、何度もりて、湯壺へ連れて行かれた時は、すでに自分ながら、カンヴァスの中を往来しているような気がした。

 

小天温泉には数件の宿があり、前田家別邸もそのひつだった。
小天=那古井、前田家別邸=那古井の宿、前田家=志保田家、前田案山子=老人、次女ツナ=那美さんとして「草枕」に描かれている。


門を入ると階段があり本館があった。左手奥の建物が漱石宿泊の離れ。


門と浴室を本館跡から見下ろす。


浴槽へ降りる階段。


半地下にある浴槽。これは男湯で、板壁を隔てたむこうが女湯。
寒い。手拭てぬぐいを下げて、湯壺ゆつぼくだる。
三畳へ着物を脱いで、段々を、四つ下りると、八畳ほどな風呂場へ出る。石に不自由せぬ国と見えて、下は御影みかげで敷き詰めた、真中を四尺ばかりの深さに掘り抜いて、豆腐屋とうふやほどな湯槽ゆぶねえる。ふねとは云うもののやはり石で畳んである。鉱泉と名のつく以上は、色々な成分を含んでいるのだろうが、色が純透明だから、はい心地ごこちがよい。折々は口にさえふくんで見るが別段の味もにおいもない。
 
    
本館、離れ、浴室は渡り廊下で結ばれていたようである。
漱石が宿泊した離れから浴室へ行くには、本館を経由して階段を下った。
小説では、浴室の階段は4段となっているが7段で、石造りとなっているがコンクリート製。
    

漱石が宿泊した6畳間。従来はここだけが漱石館として公開されていた。

北口近くにある漱石句碑。 かんてらや 師走に宿に 寝つかれず
「御勉強ですか」と女が云う。部屋に帰った余は、三脚几さんきゃくきしばりつけた、書物の一冊をいて読んでいた。
御這入おはいりなさい。ちっとも構いません」
女は遠慮する景色けしきもなく、つかつかと這入る。くすんだ半襟はんえりの中から、恰好かっこうのいいくびの色が、あざやかに、き出ている。
 


温泉旅館那古井館の漱石句碑。 おんせんや 水滑らかに 去年の垢


国道501道沿いにある那古井館の看板。漱石先生がお出迎え。


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