文学散歩

三浦綾子『塩狩峠』

小説『塩狩峠』の舞台をたずねる。
06/6/5 *istD EOS1D

結納のため、札幌に向った鉄道職員永野信夫の乗った列車は、塩狩峠の頂上にさしかかった時、突然客車が離れて暴走し始めた。声もなく恐怖に怯える乗客。信夫は飛びつくようにハンドブレーキに手をかけた……。
明治末年、北海道旭川の塩狩峠で、自らを犠牲にして大勢の乗客の命を救った一青年の、愛と信仰に貫かれた生涯を描き、生きることの意味を問う長編小説。

という新潮文庫の紹介文に引かれてこの小説を読んだ。文庫本で450ページの小説であるが、クライマックスの塩狩峠は、416ページから5ページほどである。


 
   
■塩狩峠

列車が逆走したのは、塩狩駅手前のカーブと急勾配が続
くこのあたりではないだろうか。

塩狩駅での列車交換。
左がキハ40、右がキハ54。
   

■「長野政雄殉職の地」顕彰碑

三浦綾子さんは、『塩狩峠』の「あとがき」の中で次のように書いている。

きょうもまた、塩狩峠を汽車は上り下りしていることであろう。氏の犠牲の死を遂げた場所を、人々は何も知らずに、旅を楽しんでいることだろう。だが、この「塩狩峠」の読者は、どうかあの峠を越える時は、キリストの僕として忠実に生き、忠実に死んだ長野政雄氏を偲んでいただきたい。

小説の主人公は長野信夫であるが、小説のモデルは長野政雄さん。






 
   
■塩狩峠記念館

雑貨屋だった三浦綾子さんの旧宅を復元して記念館としている。

記念館入口右手には、三浦光世さんが書かれたヨハネ伝の一節。
   

三浦綾子さんの小説はあまり読んでいないが、随筆はほとんど読んでいる。これらの随筆によって随分勇気付けられた。

旭川の三浦綾子さんへ手紙を書いたことがある。そして、思いがけなく、お返事をいただいた。1986年7月24日の消印のはがきには、体調が悪いので、三浦(夫の光世さん)の代筆でごめんなさいという前書きがあり、はがきにびっしりと光世さんの流れるようなペン字で書かれていた。

このはがきは、今も大事にしている。
 
 
 旭川市の見本林の入口付近にある三浦綾子記念文学館。


『氷点』の舞台・見本林。


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