文学散歩

石川啄木を歩く/渋民

 

■常光寺
06.5.19 啄木が生まれた曹洞宗常光寺は渋民から東へ10kmほどのところにある。


杉の巨木が立ち並ぶ常光寺参道。

親友金田一京助の筆になる「石川啄木生誕之地」碑。昭和三十年秋の銘がある。

草むらの石仏。
   
■宝徳寺 06.5.19 啄木が1歳から18歳まで、渋民村のこの寺が実家だった。
   

ひばの木のむこうに本堂が見える。

ひばの木のそばに歌碑。
ふるさとの寺の畔の
ひばの木の
いただきに来て啼きし閑古鳥
   
■旧渋民小学校 06.5.19  母校であり、のちに代用教員を務めた。石川啄木記念館敷地内に保存されている。


   

古いオルガン

2階の廊下
   
■旧斎藤家住宅 06.5.19  渋民小学校の代用教員のとき、斎藤家の2階に下宿していた。石川啄木記念館敷地内に保存されている。
   
斎藤家は愛宕神社近くの現在の国道沿いにあった。
今、その場所には、昭和29年に、映画『雲は天才である』の
中川信夫監督が寄贈したものである。
右の写真がその歌碑。高さ50cmほどの小さな歌碑である。

かにかくに渋民村は恋しかり おもひでの山 おもひでの川


旧斉藤家住宅の前には、なぜか石川節子(啄木の妻)の真新しい歌碑。
   
■愛宕山 06.5.19  啄木が「いのちの森」と呼んだ愛宕神社の森は少年啄木の遊び場だった。
   

愛宕神社。相撲の土俵がある。
   

石仏。少年啄木もこの石仏の間を駆けたことだろう。
   

愛宕山展望台から渋民の町並みを見る。
遠くに安比高原の山並みが見える。

ふるさとの山に向ひて 言ふことなし
ふるさとの山はありがたきかな


森の中に啄木自筆文字の歌碑。  新しき明日の来るを信ずといふ 自分の言葉に 嘘はなけれど
   
■北上川河畔 06.5.19  記念館から200mほど西に啄木歌碑公園があり、その先に鶴飼橋がある。
   

啄木歌碑第一号「やはらかに〜」

やはらかに柳あをめる 北上の岸邊目に見ゆ 泣けとごとくに
   
■好摩 06.5.19  渋民駅が開業したのは1950年で、啄木が旅をするときは好摩駅を利用した。
   

好摩駅前広場の歌碑。
ふるさとの停車場路の 川ばたの 胡桃の下に小石拾へり
   

夜更けの森園地の歌碑。
公園の木の間に 小鳥あそべるを ながめてしばし憩ひけるかな
   

夜更けの森園地の稲荷山山頂、妹三浦光子の書による歌碑。
霧ふかき好摩の原の 停車場の 朝の虫こそすずろなりけれ

稲荷山山頂から好摩の町を見る。後方には姫神山が霞んでいる。
啄木の頃は人家まばらな原っぱだったようだ。