石川啄木略歴
- 明治19年(1886年)2月20日 岩手郡日戸村(ひのとむら、現玉山村日戸)の常光寺で生まれる。父一禎は住職。
一(はじめ)と命名。
- 明治20年(1887年) 1歳 父の転住により、渋民村の宝徳寺に移る。
- 明治24年(1891年) 5歳 岩手郡渋民尋常小学校(現渋民小学校)に入学。
- 明治28年(1895年) 9歳
尋常小学校卒業。盛岡市立高等小学校(現下の橋中学校)に入学。金田一京助を知る。
- 明治31年(1898年) 12歳 県立盛岡中学校(現盛岡第一高等学校)に入学。
同中で教師大井蒼梧、先輩野村長一・金田一京助らの影響を受け、文学への傾斜を深める。
- 明治32年(1899年) 13歳 堀合節子と知り合う。
- 明治35年(1902年) 16歳 同中学を退学。試験でカンニングをしたことが原因といわれる。
11月に上京、与謝野鉄幹を訪ねる。
- 明治36年(1903年) 17歳 2月、病により帰郷。
- 明治37年(1904年) 18歳
「明星」や「時代思潮」の誌面を飾り、新進詩人として注目を集める。
10月、処女詩集「あこがれ」刊行のため上京。
- 明治38年(1905年) 19歳
5月、詩集「あこがれ」刊行。堀合節子と結婚。9月、雑誌「小天地」を発行。
- 明治39年(1906年) 20歳
4月、母校渋民小学校の代用教員となる。12月、長女京子誕生。
- 明治40年(1907年) 21歳 5月、一家離散。妹光子を伴い函館へ。
- 明治41年(1908年) 22歳 札幌、小樽、釧路と新聞記者生活を続け、4月、海路単身上京。
- 明治42年(1909年) 23歳 妻子と母を東京へ迎える。
- 明治43年(1910年) 24歳 10月、長男真一誕生。12月、歌集「一握の砂」刊行。
- 明治44年(1911年) 25歳 2月、慢性腹膜炎で入院、次第に衰弱。
- 明治45年(1912年) 26歳
4月13日、肺結核のため永眠。6月、次女房江誕生、歌集「悲しき玩具」刊行。

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