シネマ紀行
 阿弥陀堂だより    関連サイト 映画「阿弥陀堂だより」
 長野県飯山市  2004年4月21日取材  SONY/DSC-F828 CAMEDIA/C-5060WZ

  2002年 
アスミック・エースエンタテインメント 128分
[監督]
小泉堯史
[脚本]
小泉堯史
[撮影]
上田正治
[音楽]
加古隆
[出演]
寺尾聰、樋口可南子、北林谷栄、田村高廣、香川京子、井川比佐志、吉岡秀隆、小西真奈美 

春、売れない小説家の孝夫(寺尾聰)は、パニック障害なる原因不明の心の病にかかった妻で女医の美
智子(樋口可南子)の療養のため、ふたりで東京から彼の故郷である信州に移り住む。無医村であった
その村で、美智子は週3回の診療を始める。

やがて彼女は、自然に囲まれたシンプルな暮らしの中、阿弥陀堂という村の死者が祀られたお堂に暮ら
す96歳のおうめ婆さん(北林谷栄)や、村の広報誌に彼女が日々思ったことをまとめたコラム「阿弥
陀堂だより」を連載している、喉の病でしゃべることのできない娘・小百合(小西真奈美)、孝夫の恩
師でがんに蝕まれながらも死期を潔く迎えようとしている幸田(田村高廣)とその妻ヨネ(香川京子)
らとの触れ合いを通し、次第に心いやされてゆく。

夏、小百合の病状が悪化していることが判明した。彼女の手術担当医として再びメスを握ることを決意
した美智子は、町の総合病院の若き医師・中村(吉岡秀隆)と協力して、見事、手術に成功する。秋、
幸田が静かに息を引き取る。冬が過ぎ、再び春がやって来る。今やすっかり病を克服した美智子のお腹
の中では、新しい命が息づいていた。 (goo映画より引用)

  いつの間にか
  遠くを見ることを
  忘れていました

阿弥陀堂

なだらかな山の中腹にある阿弥陀堂の前庭からは六川集落の全景が見渡せた。
幅三メートルばかりの六川の向こう岸に十戸、こちら側に十二戸。
朽ちかけた欄干の根に雑草のはえる古い木橋で結ばれた、合わせて二十二戸のこぢんまりとした
山あいの集落である。

谷中村は七つの集落からなっている。
上流で六つの沢が合流して六川と名づけられた渓流が作られ、これに沿って七つの集落が上(かみ)から下(しも)へ並んでいるのである。
南木佳士(なぎけいし)原作「阿弥陀堂だより」の書き出し
    
この映画は、孝夫と美智子が阿弥陀堂への坂道を登ってゆくシーンからはじまる。ふたりは阿弥陀堂に住むおうめ婆さんに会う。その後、たびたび阿弥陀堂をたずねる。


阿弥陀堂はこの映画の中心となるオープンセットで、福島新田の棚田の最上部付近にあるが、映画で見るより小さく感じる。

あたりは芽吹きが始まったばかりで、周辺の木々はまだ冬枯れの色をしていた。阿弥陀堂からは、下に集落と千曲川、その向こうに雪山が見える。

棚田の中を通る坂道には、およそ150年前の江戸末期に造られた万仏山三十三観音が立っている。

関連ページ万仏山三十三観音


阿弥陀堂からの景色。


阿弥陀堂内部。真新しい木札は幸田重長のもの。

診療所(瑞穂保育園)


保育園を間借りした村の診療所で美智子は診察をする。
建物の左端が診療所としてロケされた。

小菅神社へ向かう坂道の途中にある瑞穂保育園。映画の中で
診療所という設定になっていた。建物全体が映し出されてい
なかったので、もっと素朴な建物という印象だった。

映画とは全く関係はないが、瑞穂保育園から
少し登った先にある追分石像群の中の庚申塔。

正受庵

孝夫の恩師・幸田先生の自宅。孝夫と美智子は幸田の病気を気
遣い、度々おとずれる。孝夫と美智子がはじめてたずねたとき、
幸田は書をしている。文字は「天上大風」、孝夫が「良寛さん
ですね」と言う。そして、幸田は自分の死後、「剣の舞」を孝
夫に引き継いでほしいという思いから刀を孝夫へ渡す。


幸田「何事も大切なのは姿なんだよ。
姿はその人の心を映すからね」

小菅神社奥社


孝夫と美智子が散歩する樹齢300年の杉並木。

奥社参道入口には、「小菅のイトザクラ」という
市指定のしだれ桜がある。

    

神戸(ごうど)の大イチョウ/樹齢千数百年/長野県指定

杉並木を散歩後、子どもたちと縄跳びをして遊び、大イチョウの前で分かれる。
子どもたちは、「夕焼け小焼け」を歌いながら日が傾いた道を帰ってゆく。
それを見ていた美智子が涙を流す。「いやぁねぇ、悲しくもないのに」と美智子が笑いながら言う。
   
大イチョウの前には観光客用の駐車場が設けられていた。 子どもたちが帰ってゆく菜の花畑の道。

福島新田の棚田 関連ページ長野県飯山市の棚田

映画には、田植え、稲刈り、孝夫と美智子の散歩など、美しい
棚田の風景が映し出される。四季折々の棚田の風景が、この映
画のアクセントになっていて素晴らしかった。


菜の花が咲く棚田。

棚田の最上部にあるため池。

日々の命の営みが、時にあなたを欺いたとて、悲しみを、また憤りを抱いてはいけない。
悲しい日には心を穏やかに保ちなさい。きっと再び喜びの日が訪れるから。
心はいつも行く末の中に生きる。今あるものはすずろに寂しい思いを呼ぶ。
人の世のなべてのものは束の間に流れ去る。流れ去るものはやがて懐かしいものとなる。
(病床の小百合が読んでいたプーシキンの詩)

小菅神社里社・神楽殿


   
秋と冬の祭りのシーンに登場する神楽殿。冬の祭りでは、幸田から譲り受けた刀を持って、孝夫が剣の舞を奉納する。


畑にはなんでも植えてあります。なす、きゅうり、とまと、かぼちゃ、すいか。
そのとき体の欲しがるものを好きなように食べてきました。

質素なものばかり食べていたのが長寿につながったのだとしたら、それはお金がなかったからできたのです。
貧乏は有り難いことです。

雪が降ると山と里の境がなくなり、どこも白一色になります。
山の奥にあるご先祖様達の住むあの世と里のこの世の境がなくなって、どちらがどちらだかわからなくなるのが冬です。

春、夏、秋、冬。はっきりしていた山と里の境が少しずつ消えてゆき、一年がめぐります。
人の一生と同じなのだとこの歳にしてしみじみと感じます。


(阿弥陀堂だより〜おうめ婆さんの言葉)
谷中村に来て1年。
今朝も美智子は孝夫の作った大盛りのコロッケ弁当を持ち、スニーカーを履いて腹を突き出しながら歩いて診療所に出かけた。
軒下の段ボールの小屋で無事冬を越した2匹の子猫たちが庭でじゃれ合っている。
南に向いた畑の土手にフキノトウが芽を出した。
川から吹く風に淡く土の匂いがして、たしかな春の訪れを告げていた。
原作「阿弥陀堂だより」の書き終わり


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