シネマ紀行
 映画鑑賞記
   
真夜中まで 2017/12/15 DVD
    
もう1年近く映画館へ行っていない。

『真夜中まで』というDVDをみた。
和田誠監督による初のオリジナル脚本で2001年の作品。

銀座のライヴハウスでジャズトランペッターをしている守山(真田広之)は、憧れのジャズメンが午前0時のステージを聴きに来るというので、ビルの屋上で練習に励んでいた。その頃、隣の立体駐車場で刺殺事件が起こり、その現場を目撃してしまったクラブのホステスのリンダ(ミッシェル・リー)はビルに逃げ込むが、ふたりの男に追いかけられる。その時ちょうど屋上から降りてきた守山がリンダを助けたことから、守山は大事なステージを前にリンダと一緒に逃げまわることになる。

ストーリーは物騒な内容であるが、全編に守山紘二クインテットなどが演奏するジャズの名曲が流れて心地よい。とてもいい作品である。

映画のタイトルの元になったと思われるラウンド・ミッドナイトをはじめ、ソー・ホワット、ソング・フォー・マイ・ファーザー、コットン・テイルなどはジャズファンにはたまらない。

劇中で、ホステスが歌う童謡「月の砂漠」をフューチャーしたものもよかった。

そして、多彩な出演者たち。
岸部一徳 、國村隼 、春田純一、柄本明、笹野高史、大竹しのぶ、高橋克実、
斎藤晴彦、六平直政、唐沢寿明、戸田菜穂、佐藤仁美、三谷幸喜、
もたいまさこ、柴田理恵 、名古屋章 、小松政夫 、
田中要次 など。

予告編のYouTubeはこちら

 
   
007/ロシアより愛をこめて 2017/6/12 DVD
    
最近は映画館へ行くペースが激減した。みたいと思う映画がないからである。

1960年代前半、入場料は200円くらいだったと思うが、物価は今の10分の1くらいで、今の価値でいうと2000円くらい。当時は貧乏学生、せいぜい月に1回くらいしか映画館へは行けなかった。

今でも印象に残っている映画は下記のような作品で、久しぶりにみたいと思ったのが、「ロシアより愛をこめて」。レンタル店へ行けばあるだろうが、レンタル落ちをオークションで送料込み700円で手に入れた。公開当時のタイトルは「007/危機一発」だったが、「007/ロシアより愛をこめて」となっていた。

デジタルリマスター版で本編は英語と日本語吹き替えの両方があり、特典として、本編とは別に、映像に合わせて、監督、スタッフ、キャストが語るエピソードが面白かった。

ボンドがFrom Russia With Loveと紙にサインするシーンがあるが、サインする手は監督のテレンス・ヤングである。主演女優のダニエラ・ビアンキはイタリア人であるが、英語の発音がよくないので吹き替えをしている。などである。

当時、ショーン・コネリーはかなりのおじさんに見えたが、筆者より12歳年上だったし、妖艶なダニエラ・ビアンキは筆者と同学年だった。 ふたりとも、いいおじいちゃん、おばあちゃんになっているだろう。
    
  
1960年代前半で印象に残って居る映画
 ウエストサイド物語 1961
 太陽がいっぱい 1962 伊・仏
 アラビアのロレンス 1963
 大脱走 1963
 地下室のメロディー 1963
 007/ロシアより愛をこめて 1964
 

マット・モンローが歌う主題歌はヒットチャートの上位に入り、よくラジオから流れていて今でも歌える。
そして、From XXX With Loveというフレーズが流行ったこともよく覚えている。
映画の中で、ボンドはロレックスの時計にNATO軍仕様のナイロンベルトを付けていたが、のちに筆者もこのベルトを手に入れた。
今は安物のソーラー電波時計に付けて使用している。高級時計にも安物にもNATOベルトは合う。
久しぶりにこの映画を見て、ヨーロッパの空気を感じることができたし、当時の自分に戻ることができたように思う。
   
沈黙-サイレンス- 2017/1/31 CINEPLEX小倉  映画『沈黙-サイレンス-』公式サイト  関連ページ 文学散歩/遠藤周作『沈黙』
    
 

遠藤周作の小説「沈黙」をマーティン・スコセッシが映画化。キリシタンの弾圧が行われていた江戸時代初期の日本に渡ってきたポ
ルトガル人宣教師の目を通して、人間にとって大切なものは何か、人間の弱さとは何かを描いた。

日本で棄教したとされるフェレイラ師の真相を確かめるため、日本を目ざす若き宣教師のロドリゴとガルペは、マカオで出会ったキ
チジローという日本人を案内役に長崎へたどり着き、厳しい弾圧を受けながら自らの信仰心と向き合う。

スコセッシが1988年に原作を読んで以来、28年をかけたプロジェクト。
主人公ロドリゴを「アメイジング・スパイダーマン」のアンドリュー・ガーフィールドが演じ、「シンドラーのリスト」のリーアム
・ニーソン、「スター・ウォーズ フォースの覚醒」のアダム・ドライバーらが共演。キチジロー役の窪塚洋介をはじめ、浅野忠信、
イッセー尾形、塚本晋也、小松菜奈、加瀬亮、笈田ヨシなど日本人俳優が出演している。

公開を待ち望んでいた作品なので、緊張しながらみた。ロドリゴとガルぺが日本へ上陸するシーンから涙が流れた。
原作で読んでいた場面と重なって、ずっと涙ぐんでみていたような気がする。
そのため見落としたところがあったので、1週間後もう一度みに行った。

虫などの小動物の声が印象的な映画だった。ロドリゴが踏絵を踏むシーンでは鶏が鳴いた。エンドロールの間も虫が鳴いていた。
アカデミー受賞実績のあるハワード・ショアの音楽は、琵琶や太鼓など和の要素が取り入れられていてよかった。
そして、映像がとてもきれいだった。ロドリゴが五島へ渡る手漕ぎ舟のシーンは溝口健二の「雨月物語」を意識したそうだ。

台湾東部でロケされたそうだが、長崎でロケされたといわれても納得できるような雰囲気だった。
日本の町並みのセットや日本人の服装なども違和感がほとんどなかった。

蛇足であるが、農民や役人が外国語を話すのには違和感を感じた。
農民は身振り手振りで、役人は通詞(通訳)によって意思を伝えるような演出ができなかっただろうか。


司祭ロドリゴをユダのように裏切ったキチジロー。「パードレ、俺は罪を犯しました」
   
海難1890 2015/12/24 CINEPLEX小倉 映画「海難1890」和歌山・串本ロケ地案内パンフ
    
 

1890年9月、オスマン帝国の親善訪日使節団を乗せた軍艦「エルトゥールル号」は帰国の途中、和歌山県樫野崎沖で台風に遭遇し、
船が大破して沈没。乗組員600名以上が嵐の海に投げ出された。500名を超える犠牲者が出る中、地元住民たちの献身的な救助
活動によって69名の命が救われた。これをきっかけに日本とトルコが友情で結ばれることになる。

その後1985年、イラン・イラク戦争が勃発し、サダム・フセインがイラン上空を飛行する航空機に対して無差別攻撃の開始を宣言。
各国が自国民を脱出させる中、テヘランに日本人215名が取り残されてしまう。なすすべもなく、攻撃までのタイムリミットが迫る。
日本大使館では多くの人命がかかる緊迫した事態を打開するため、官民一体となってトルコへ日本人救出を依頼する。
〜公式サイトより引用

実に4年ぶりに映画館へ行った。

映画の舞台である海難の現場は、紀伊大島のすぐ東の海である。

紀伊大島へは、樫野埼灯台の撮影で2度行っている。1度目は船で渡ったが、2度目に行った時には本土から橋でつながっていた。樫野埼灯台へ行く途中には、トルコ記念館と遭難慰霊碑がある。

トルコの軍艦の遭難とその救出に当たった住民のことは、トルコではよく知られているようである。トルコの人たちが親日的なのは、このことに対する感謝の気持ちのあらわれであるとされている。

そして、その感謝の気持ちが1985年のイランでの日本人救出へ繋がっている。

映画はトルコのエルドアン大統領のメッセージからはじまりちょっとびっくりしたが、その後の展開はよかった。明治時代の日本人の優しさを実感できる映画だった。

関連ページ 灯台への道/樫野埼灯台

 
 トルコの軍艦が座礁した海金剛。右手遠くに樫野埼灯台が見える。2006/10/18
   
RAILWAYS2 2011/12/19 CINEPLEX小倉
    
富山地方鉄道運転士の滝島徹(三浦友和)は仕事一筋の日々を過ごし、気が付けば59歳。
ずっと専業主婦として彼を支えてきた妻の佐和子(余貴美子)は55歳。
徹の定年退職を1か月後に控え、夫婦は第2の人生を迎えようとしていた。
そんなある日、佐和子は結婚を機に辞めた看護師の仕事を再開すると宣言するが、徹は妻の申し出を理解しようとしない。
ふたりは口論となり、佐和子は家を飛び出してしまう。一度できた溝は深まる一方で、ついに佐和子は徹に離婚届を手渡す。

これからの人生は、妻のためにと思っていた夫。これからは自分の人生を生きたいと願った妻。
そばにいるのが当たり前すぎて、本当の気持ちを言葉にできないふたり。
すれ違う夫婦の想いに、ひとり娘とその夫、徹の同僚や部下、佐和子が担当する患者一家の人生が交錯する。
〜公式サイトより引用


2009/5/2 EOS-1D 富山地方鉄道 越中舟橋〜越中三郷
    
半年ぶりに映画館へ行った。
2010年6月公開の「RAILWAYS」につづく第2弾で、「愛を伝えられない大人たちへ」というサブタイトルが付けられていた。
前作は山陰の一畑電鉄だったが、今回は北陸の富山地方鉄道。立山連峰が見え、筆者の好きな鉄道路線のひとつである。
今回の作品も美しい風景の中を走る電車のシーンがふんだんにあって、大変楽しめた。
ストーリーもよかったし、エンディングで流れる主題歌・松任谷由美「夜明けの雲」もよかった。
    
津軽百年食堂 2011/5/19 シアター・ゼロ
    
2010年5月13日に青森県黒石市をたずねた折に、鳴海家の中庭で映画の撮影が行われていた。それが「津軽百年食堂」だった。
2011年4月初めに東京で封切られ、近隣の映画館で公開されたのは5月中旬だった。北九州では上映されていないので、関門海峡を渡って下関へ出かけた。下関のシアター・ゼロは俳優の奥田瑛二さんが支配人をつとめる映画館である。

明治末期、弘前。やっとの思いで津軽蕎麦の店を出した大森賢治(中田敦彦)。そして、時は流れ現代。4代目に当たる大森陽一(藤森慎吾)は、父哲夫(伊武雅刀)との確執から「大森食堂」を継がずに東京で暮らし、故郷への反発と捨てきれぬ思いの間で揺れていた。

ある日、哲夫が交通事故で入院し、陽一は久しぶりに帰省する。東京で知り合った同郷の筒井七海(福田沙紀)が抱く幼いころの思い出や、賢治の娘である祖母の心に触れ、陽一の気持ちは少しずつ変化してゆく。そして、弘前のさくらまつりの日、小さな奇跡が起きる…。
 
 (C)映画「津軽百年食堂」公式サイト
    
広さが大きくもなく小さくもなく、気持ちをゆったりさせてくれる映画館で、穏やかな気持ちにさせてくれる映画を見ることができた。
映画に登場する弘前城址の桜がきれいだった。伝統を受け継ぐ心と桜の美しさに何か共通するものを感じた。
オリエンタルラジオのふたりの演技、特に藤森慎吾の演技は自然でとてもよかった。THE BOOMが歌うテーマソングの「暁月夜」もよかった。

東北へは毎年のように行っているが、今年は東日本大震災の発生でまだ行けていない。来年の桜の頃、弘前へ行きたくなった。


2009/4/23 EOS 5D  「津軽百年食堂」のロケ地・弘前城址下乗橋を天守閣から見る。
    
RAILWAYS 2010/6/3 CINEPLEX小倉
    
映画のタイトルと「49歳で電車の運転士になった男の物語」というキャッチコピーに誘われて映画館へ行った。

大手家電メーカーに勤める筒井肇(中井貴一)は、がむしゃらにサラリーマン生活を送って来た。妻の由紀子(高島礼子)は開店したばかりのハーブの店で忙しく、娘の倖(本仮屋ユイカ)は、仕事のことしか考えていない父親に反発していた。

そんな時、故郷島根で一人で暮らす母親(奈良岡朋子)が倒れたとの知らせが入る。追い打ちをかけるように、同期の親友(遠藤憲一)が事故死をする。久しぶりに帰省した肇は、仕事に追われ、家族を気遣うことがなかった自分を顧みる。そして、子供の頃夢見ていたバタデンの運転士になる事を決意する。


家族の絆といくつになっても夢を持って生きることの大切さを再認識させてくれる映画だった。母親の「好きなことやんなさい」という言葉が印象に残った。

電車の走行音を聞いていると涙が出た。また、一畑電鉄へ撮影に行きたくなった。
 
  映画の重要なシーンのロケ地になった一畑口駅〜2006/2/19筆者撮影
    
おとうと 2010/2/25 CINEPLEX小倉
    
1年に2回くらいしか映画館へ行かないが、吉永小百合主演、山田洋次監督ということで、半年振りに映画館へ足を運んだ。

主人公高野吟子(吉永小百合)は、夫を早く亡くし、小さな薬屋を営みながら娘(蒼井優)と義母(加藤治子)と3人で暮らしている。吟子には大坂に住むぐうたらな弟(笑福亭鶴瓶)がいて、娘の結婚披露宴を台無しされたり、借金を肩代わりさせられたりし、吟子は弟に絶縁を言い渡す。しばらく音信不通だった弟が病気で倒れたことを知り、吟子は大坂に行き、後で駆けつけた娘と一緒に弟の最後を看取る。

世の中には、どうしようもない生き方しかできない人がいる。その人が身内であっても愛情を持って接することができるだろうか。そのことを問いかけて来る映画だったが、多くの人は吟子のように接することはできないだろうと思う。
 
 2010「おとうと」製作委員会
    
劔岳 点の記 2009/7/6 CINEPLEX小倉  映画「劔岳 点の記」公式サイト
    
明治39年(1906)、陸軍陸地測量部の柴崎芳太郎(浅野忠信)は、日本地図最後の空白地点を埋めるため、「陸軍の威信をかけて、劔岳の初登頂と測量を果たせ」という厳命を受ける。翌明治40年、柴崎らは山の案内人・宇治長次郎(香川照之)や助手の生田信(松田龍平)らと劔岳山頂への登り口を探す。その頃、創立間もない日本山岳会の小島烏水(中村トオル)らも、最新の登山用具を揃え、剱岳の登頂を目ざしていた。

「八甲田山」「駅」「鉄道員」」などの名カメラマン木村大作がはじめて監督した作品で、空撮やCGを一切使わないということで話題になっている。舞台となった現地へ行って、現地で撮影することに徹した。その結果、臨場感のある素晴らしい作品になっている。

音楽はバロックの名曲をそのまま使用していたが、違和感は感じられなかった。特に自然描写のシーンでは、ビバルディのメロディがぴったりしていた。

木村大作監督に次の作品を期待したい。
 
    
おくりびと 2009/3/3 CINEPLEX小倉
    
この映画の存在を知ったのは、「まぼろしの邪馬台国」を観に行った時だった。この時に「おくりびと」も上映されていて、そのポスターを見て、ちょっと変わった映画だなと思った。まさか、日本アカデミー賞をとり、アメリカアカデミー賞外国語映画賞までとるとは思ってもいなかった。

凱旋上映という形で再上映が決定されたので、ぜひ観に行きたいと思った。平日の午後1時すぎからの上映分を観に行ったが、高齢者を中心に大盛況で、久しぶりに満員に近い状況で映画を観た。

素晴らしかった。アメリカでのアカデミー賞受賞以来、映画の内容について広く知られるようになった。シリアスな内容ではあるが、コミカルでもあり、シリアスとコミカルのバランスがよく保たれていて、映画館の中は小さな笑いと鼻をすする音が聞こえた。納棺のシーンはごく自然に涙が出た。久石譲によるテーマ音楽もよかった。

この春、東北を旅する予定なので、山形県の酒田と鶴岡のロケ地をたずねたいと思っている。
 
    
まぼろしの邪馬台国 2008/11/10 CINEPLEX小倉
     
宮崎康平さんの「まぼろしの邪馬台国」が発行されたのは昭和42年(1967)1月、41年前である。たちまちにベストセラーになり、筆者がこの本を買ったのは同年の4月で、すでに第8刷が発行されていた。当時は考古学に関心があり他にも古代史関連の本を買ったが、この本はそれらの本とともに筆者の本棚に残っている。

この「まぼろしの邪馬台国」をベースにして、宮崎康平さんと和子さんを描いた映画の撮影が進行していることは早くから知っていて、その完成が待ち遠しかった。主演は竹中直人さんと吉永小百合さん。11月1日の封切であったが、少し落ち着くのを待って映画館へ足を運んだ。映画館へ行くのは「殯(もがり)の森 」以来、ほぼ1年ぶりだった。

宮崎さん夫妻が生きたのは昭和の時代であり、戦中から戦後にかけての風景がよく再現されていた。魏志倭人伝のルートを辿って旅する九州北部の風景も美しかった。夫婦、親子、友との心のふれあいに、筆者はもちろん、他の観客が鼻をすする音が聞こえた。

何となく物足らなさが残るのは、邪馬台国探索の過程があっさりしているからだろう。推理小説を読むようなスリリングな展開がほしたった。康平の空想の中で、吉永小百合扮する卑弥呼が登場し、バックにセリーヌ・ディオンの「A WORLD TO BELIEVE IN 〜ヒミコ・ファンタジア」が流れるシーンは余分だったように思う。曲そのものはよかった。

今回の吉永小百合はよかった。サユリストのひとりとしては、あまりオンナオンナしない役を次回も期待したい。
 
    
(もがり)の森 2007/10/2 長崎セントラル劇場 殯の森公式ホームページ
     
奈良市東部の山間地、茶畑が広がる自然豊かな里に、旧家を改装したグループホームがある。ここでは軽度の認知症を患った人たちが、介護スタッフと共同生活をしている。その中の一人、しげき(うだしげき)は、妻真子(ますだかなこ)が亡くなってからずっと、彼女との日々を心の奥にしまい込んできた。そのグループホームへ新しく介護福祉士としてやってきた真千子(尾野真千子)は、子どもを亡くしたことが原因で夫(斉藤陽一郎)との別れを余儀なくされていた。

ある日、しげきの亡き妻の思い出の詰まったリュックサックを、そうとはしらず手にとった真千子を、しげきは突き飛ばしてしまう。自信を失う真千子を、主任の和歌子(渡辺真起子)は静かに見守り、「こうしゃぁなあかんってこと、ないから」と励ます。

しげきは、真千子と一緒に妻真子の墓参りに行くことになるが、途中で真千子が運転する車が脱輪してしまう。真千子が助けを呼びに行っている間に、しげきは車を離れ森の中へと突き進んでゆく。森の中では、様々な出来事が二人を待っている。
 
 (C)
殯の森公式ホームページ
2007年、カンヌ映画祭でグランプリを受賞した河瀬直美監督作品。
ごく限定された映画館でしか上映されないので、長崎の映画館で観ることとなった。
客席100人くらいの昔ながらの映画館で、日曜日の午前10時だったが観客は20人くらいだった。
1997年、河瀬直美監督の「萌の朱雀」で女子高生みちるを演じた尾野真千子が10年を経て、大人の女性として登場していた。
ジーンと心にしみる映画だったし、観終わった後、穏やかな気持ちになれた。ぜひ、奈良のロケ地をたずねてみたいと思っている。
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硫黄島からの手紙 2006/12/21 CINEPLEX小倉
     
映画鑑賞記を書くのは久しぶりだ。この間、全く映画を観なかった訳ではない。「UDON」、「出口のない海」、「幸福のスイッチ」、そして「父親たちの星条旗」をた。「幸福のスイッチ」は和歌山県で観た。「父親たちの星条旗」はクリント・イーストウッドが監督した硫黄島2部作のひとつであるが、いかにもハリウッド映画らしい視点からの戦時映画だった。ただ、この映画のテーマからすれば、舞台が硫黄島である必然性はないと思う。

「硫黄島からの手紙」は、硫黄島でなければならない必然性があり、原作が硫黄島で玉砕した栗林中将で、脚本も日系人であることから、日本的な戦争映画だった。99%以上が日本語で、英語のシーンは極くわずか、タイトルも漢字で日本映画そのものだった。それにしても、99%以上日本語の映画を、クリント・イーストウッド監督は、よくここまで完成度の高い作品に仕上げたものだと思う。モノクロを思わせるおさえた色調もいいし、テーマ曲もよかった。

渡辺謙の栗林中将は勿論よかったが、若い兵士西郷を演じた二宮和也が光っていた。西中佐の伊原剛志に好感が持てた。3人に共通するのは優しさで、どうしても俳優と劇中の人物を重ねて見てしまう。
 
    
県庁の星 2006/3/23 CINEPLEX小倉
     
県庁のエリート公務員・野村聡(織田裕二)は、200億円をかけたプロジェクトを踏み台にキャリアアップを狙っている。プロジェクト推進に必要な民間との交流を達成するため、半年間の研修に借り出された野村は、三流スーパー満天堂に派遣されることに。

パート従業員の二宮あき(柴咲コウ)が野村の教育係になるが、役所のやり方を押し通そうとする野村は、「県庁さん」と呼ばれ、他の従業員からも敬遠される。キャリア公務員とパート店員が、衝突を繰り返しながらも、やがて協力して三流スーパーの改革に成功する。


筆者は、テレビの『踊る大捜査線』以来の織田裕二のファンで、最近では、『ホワイトアウト』『トライ』『
踊る大捜査線 レインボーブリッジを封鎖せよ!』を映画館でみた。『トライ』はイマイチだったが、他の2作は大変おもしろかった。

今回も大いに期待して映画館へ出かけたが、期待通りの作品だった。庶民のつつましやかな生活を描きながら、官民癒着の税金の無駄遣いというシリアスな筋立ての中で、キャリア公務員とパート店員とのコミカルな掛け合いが大変おもしろかった。
 
 「キミ、バイト?」 「パートですけど、なにか!?」
    
博士の愛した数式 2006/2/9 CINEPLEX小倉
     
第1回本屋大賞を受けた小川洋子原作のベストセラー小説『博士の愛した小説』を、『雨あがる』『阿弥陀堂だより』の小泉堯史が脚色・監督した3本目の作品 で、前2作ど同じ寺尾聡の主演。

数学教師のルート先生(吉岡秀隆)は、新しく受け持ったクラスで、自分の名前の由来を語り始める。それは幼い頃、彼が大好だった博士(寺尾聡)が名づけてくれた仇名だった。シングルマザーだったルートの母(深津絵理)は、別荘に住む未亡人(浅丘ルリ子)の依頼を受けて、事故の後遺症で80分しか記憶がもたない障害を抱えた数学博士の家で、家政婦として働き始める。ある日、彼女に10歳の息子(齋藤隆成)がいることを知った博士は、家へ連れてくるように告げる。その日から、博士、母、ルートの3人の日々が始まる。

「君の靴のサイズはいくつかね」「24です」「そお、実に潔い数字だ」このように数にまつわる会話がちりばめられ、ユーモアと温もりあふれる作品だった。打ち寄せる波を背景にしたタイトルバックの加古隆の音楽だけで泣けてしまった。
 
  (C)博士の愛した数式製作委員会


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