シネマ紀行
 張込み    参考サイト 東京紅團
 佐賀県佐賀市・神埼町  2005/5/9 EOS 20D 熊本県小国町・大分県九重町 2015/9/15 K-7 福岡県柳川市 2015/9/29 K-7

  1958年 松竹 116分
[監督]
野村芳太郎
[脚本]
橋本忍
[撮影]
井上晴二
[音楽]
黛敏郎
[出演]
大木実、宮口清二、高峰秀子、田村高廣、高千穂ひづる

暑い夏、警視庁捜査第一課の下岡(宮口清二)と柚木(ゆき、大木実)は、夜行列車で佐賀へ向かった。
逃亡した深川質屋殺しの二人組のひとり・石井(田村高廣)を逮捕するためである。
主犯の供述では石井が別れた女・さだ子(高峰秀子)に会いたがっていたという。
わずかな可能性に賭け、 銀行員の後妻となったさだ子の住む佐賀で両刑事は張込みを始める。

原作は昭和30年(1955)に発表され、文庫本のページ数にして25ページ弱の大変短いものである。
原作では、横浜から列車に乗り込んが刑事ふたりのうち下岡は小郡で下車し、柚木がひとりでS市へむかう。
映画では、下岡が初老の刑事、柚木が若い刑事とされ、ふたりでS市へむかう。
この脚色が映画にいい味を出している。
横浜駅発車から佐賀駅到着までの約7分間の長い導入部が印象に残る映画である。

原作の書き出しはこうである。

柚木刑事と下岡刑事とは、横浜から下りに乗った。
東京駅から乗車しなかったのは、万一、顔見知りの新聞社の者の眼につくとまずいからであった。
列車は横浜を二十一時三十分に出る。


二人はいったん自宅に帰り、それぞれ身支度をして、国電京浜線で横浜駅に出て落ちあった。
列車に乗りこんでみると、締めていたとおり、三等車(現在の二等車)には座席はなく、しかもかなりの混みようである。
二人は通路に新聞紙を敷いて尻をおろして一夜を明かしたが、眠れるものではなかった。

横浜駅。
二人の刑事が九州へ向かう列車は鹿児島行き「急行さつま」となっている。

「急行さつま」は、1956年11月に「急行筑紫」を改称して誕生した列車である。東京21:45発、翌々日鹿児島5:48着の2晩夜行の長距離列車だった。

「急行筑紫」は、「急行さつま」に1時間15分先行する形で博多行きとして残った。ロケは、「急行筑紫」の1車両を借り切って行われたという。

筆者は、「急行筑紫」に一度だけ乗ったことがある。東京まで22時間くらいかかった。1963年の8月末か9月初だったと思うが、冷房なしだった。

ロケから50年、佐賀市内にはロケ当時の面影はほとんど残っていなかった。
したがって、ロケ地とされる場所を歩いても、映画のシーンと結びつけるのが難しく、ロケ地に立っているという実感が湧かなかった。
激しい雨の中、さだ子が夫に傘を届けるために柳並木の掘割りを歩くシーンは福岡県の柳川で撮影された。
終わり頃に登場する温泉は、大分県の宝泉寺温泉でロケされている。

●護国神社付近


護国神社の石橋と鳥居。


田布施川沿いの道。
佐賀駅で列車を降りた二人の刑事は、佐賀県警へ立ち寄った後、さだ子の家へ向かう。護国神社の前を右へ、田布施川沿いの道を進む。

映画では、子どもたちが水遊びをしていたが、今は泳げるような川ではない。

この田布施川沿いの道は、さだ子が買い物に出かけるシーンにも登場する。




 


善左衛門橋の前にある恵比寿


善左衛門橋は明和元年(1764)建造の石造桁橋。
二人の刑事は、田布施川沿いの道から善左衛門橋を渡る。

善左衛門橋は、宇野善左衛門が多布施から伊勢町に通じる土橋が老朽化し通行が困難だったため、自費で石橋に架け替えたもの。

さだ子の家は善左衛門橋の先にあるという設定になっているが、張込みに使われた旅館・備前屋とさだ子の家は松竹大船のセット。



 

さだ子が歩く道
石井に会うために佐賀駅前のバスターミナルに向かうさだ子の歩きのシーンはかなり長い。
バックにジャズが流れ、緊迫感のあるシーンだった。
今はすっかり町並みが変わってしまっているが、ロケ地と判断できる場所が何か所かあった。


県庁前を歩くシーンで、県庁の建物と大木が映し出されるが、
大木は県立図書館横に移植されていた。このクスは佐賀県指定。


トクヒサ文具付近の交差点。映画に映し出される「トクヒサ文具」は残っていた。さだ子は右手方向へ松原川沿いを歩いてゆく。


映画では看板しか映し出されなかった薮内写真館(明治45年)


 
映画に映し出される映画館はなくなっていたが、
近くに古い映画のポスターが飾ってあった。

「君の名は」は、NHKラジオの連続放送劇として1952年から1954にかけて放送された。

冒頭での、「
忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」というナレーションとともにドラマは大好評だった。

放送は週1回、木曜日夜8時からの生放送だったらしいが、木曜日夜は放送を聴くために女湯が空っぽになるという伝説を生んだ。

1953年から1954年にかけて3部にわけて映画化され、配給収入第1位となった。

大町橋バス停付近
着物姿のさだ子は、葬儀に参列するために大町橋でバスを降り、野中の道を日傘をさして唐香原方向へ歩いてゆく。
ロケ当時はあたりには建物がなく、雑貨屋が1軒あるのみ。葬儀があった唐香原への道は未舗装だった。
神埼町の大町橋から唐香原までは約3km。唐香原には葬儀のシーンに使われた民家が残っているが、茅葺きではなくなっているとのこと。


さだ子はバスを降りて右手の道を歩く。二人の刑事が後を追う。


右手の赤っぽい建物の位置にロケに使われた大町橋食堂があった。

松川屋付近


江戸末期創業の松川屋は工事のため休業中だった。
「張込み」のロケ隊は松川屋に宿泊した。


さだ子が葬儀に行くためにバスを待つ材木町バス停付近。
映画では右手に洋風の佐賀劇場が映し出されていたが今はない


松川屋のすぐ近くにある松尾写真館(明治28年)


松川屋と同じ通りにある旧福田家住宅は大正建築。

どしゃ降りの雨の中

雨の中、さだ子が傘と長靴を持って家を出た。亭主のところへ届けるのだろう。柚木は後をつけた。
お寺の前へ来たところで、さだ子の下駄の鼻緒が切れた。さだ子は門前の軒下で鼻緒を付け替える。

ロケが行われたのは、福岡県柳川市沖端のクリーク沿いの西福寺前。消防車でクリークの水を吸い上げて放水したそうだ。
当時は下水道がまだ整備されていなかったので汚水がクリークに流され、かなりきつい臭いがしたという。


さだ子は橋を渡って小走りにやって来る。

橋は新しくなっているし、まわりの建物も建て替えられたり、
改修されたりしている。


    



さだ子は、雨と稲妻を気にしながら、寺の門前に差しかかる。
後ろから柚木がつけている。


ロケ当時は、門の向こう側にも白壁の塀があったが、今はなく
こちら側の塀だけが残っている。

   



柚木は、鼻緒を付け替えるさだ子を横目に見ながら、通りすぎる。

とてもいいシーンだった。
このアングルはクリークの中から撮ったものであろう。

せめて小雨くらいの日に撮りたかったが、数日前の天気予報で予定
を決めたため、当日は予報が外れ、柳川に着いた頃は晴れていた。


宝泉寺温泉への追跡

さだ子を尾行していた柚木は、佐賀駅付近で見失う。付近を聞き込みして東多久行のバスに乗ったことを突き止める。
柚木はタクシーで追いかける。途中、トンネル工事などで足止めを食い、バスを追い越せず東多久にはすでにバスが到着していた。
バスの運転手と車掌の話では途中下車したという。
柚木は後戻りし、石井とさだ子のあとを追う。


タクシーで追いかけるシーンに登場する曲がりくねった坂道は、大分県の豊後中村から飯田高原へ通じる県道40号線の
九酔渓にあり十三曲がりとよばれ、十三曲がりの途中にある桂茶屋の展望所からロケされ、トンネル工事のシーンは、同
じ県道40号線の九酔渓の手前にあった河内隧道でロケされたそうだ。


十三曲がりのシーン。右下に小さく柚木が乗ったタクシーが見えている。
今は木が生い茂って道路がまったく見えない。


河内隧道のシーン。岩壁に発破をしかけている。
今は開削され河内隧道はない。


柚木が東多久で運転手と車掌にさだ子の足取りを確認するシーン。
昔ながらのボンネット型バスで、右手には乗ってきたタクシーが見える。

東多久のバス停としてロケされたのは、小国両神社前。
小国両神社は小国郷の総鎮守とされ、小国を代表する神社である。
今は理髪店の建物があるが、ロケ当時、両神社の鳥居の前は広場になっ
ていたようで、バスが停車できるスペースがあったようだ。



柚木はついに、石井とさだ子の姿を目撃する。
ふたりの様子を見ながら、柚木は心の中でつぶやく。
「あの女がまるで子どものようにはしゃいでいる」


ふたりを目撃する川べりは、熊本県小国町の犬滝でロケされた。

映画の画像を見ると川一面に水が流れ落ちている。
季節にもよるのだろうが、58年前の方が水量が多かったようだ。
犬滝が滝としてほとんど意識されていないのは、水量の減少が原因
ではないかと思う。


侵食によって岩の形や流れの状態が変わっているが、さだ子が歩いた大きな岩は健在だった。

ふたりは滝を離れ、宝泉寺温泉へむかう。柚木もあとを追う。
途中、ふたりを見失うが再び追いつく。
石井とさだ子のラブシーンが撮影されたのは、湯蓋山(わいたさん)が見える黒猪鹿(くろいが)。当時の風景を今は見ることはできないという。

柚木は宝泉寺温泉入口の橋で、下岡と県警の刑事の到着を待つ。
ロケされたのは九酔渓を上りきった所にある筌ノ口(うけのくち)温泉入口の橋。当時は木製だったが、コンクリートにかけかえられている。


柚木は橋の欄干に座って下岡たちの到着を待つ。


下岡たちが乗ったジープが坂道から降りてくる。


石井とさだ子が立ち寄り、石井が逮捕される宝泉寺温泉の宝泉荘は、取り壊されていた。このゆるい坂道を上ったところに宝泉荘があったが、今は空き地になっている。

入口には看板が二つあり、左の看板に映画「張込み」ロケ地と書かれ、映画の内容が簡単に説明されている。

石井が逮捕され泣き崩れるさだ子を見ながら柚木は思った。

この女は数時間の命を燃やしたに過ぎなかった。今晩からはまた、あのケチな夫と先妻の子供たちとの生活に戻らなければならない。そして、明日からはあんな情熱が潜んでいようとは思えない平凡な姿でミシンを踏んでいるだろう。

 

●ラストシーンを見て気付いたこと 2015/9/2 追補

下岡と柚木の二人の刑事は、佐賀駅から石井を連行して、東京行きの「急行西海」に乗るために2番線へむかう。
構内放送が、佐賀から先の東京までの停車駅を告げている。

お待たせいたしました。只今より22時40分発上り急行列車「西海号」の改札をいたします。
この列車の途中の停車駅は、鳥栖、博多、遠賀川、折尾、小倉、門司、下関、西宇部、小郡、三田尻、徳山、岩国、広島、、、でございます。

遠賀川は室木線の分岐駅だった。西宇部は宇部、小郡は新山口、三田尻は防府に改称されている。
<1958年時点の急行西海の時刻>実際の西海号の佐賀発時刻は17時8分だった
佐世保1530-早岐1541-44-有田1600-武雄1618-19-肥前山口1634-35-佐賀1652-1708-鳥栖1734-40-博多1808-20-
遠賀川1902-折尾1908-10-小倉1931-33-門司1941-48-下関1958-2003-厚狭2037-38-小野田2047-小郡2117-20-
三田尻2139-徳山2206-11-下松2221-柳井2248-49-岩国2321-24-広島003-08、、、

C57175がけん引する列車が2番線に入線してくる。ここで、出演者などの名前が画面いっぱいに表示される。いわゆる、エンドロール。
そしてC57が発車するが、その機関車はC57159と読み取れた。入線と発車のシーンを別々の日に撮影したためであろう。
リアリティを徹底的に追求して撮影された割には、最後が少し雑だった。
夜のシーンなので暗く、ほとんどの観客は機関車の違いには気が付かなかっただろうし、気にも止めなかっただろう。

ラストシーン
佐賀駅。

機関車が通り過ぎると、「終」の文字が表示される。

夜汽車の旅情と人の世の哀しみのようなものを感じた。

ロケ当時、どちらの機関車も鳥栖の所属だった。
C57175は長崎県早岐を経て鹿児島へ。
1975年3月23日の「日豊本線SLさよなら列車」をC5557とともに牽引した。
同年3月31日に廃車となり、宮崎市「青島少年自然の家」前に赤のナンバープレートを付けて保存されている。
C57159は秋田、山形県新庄を経て千葉県佐倉で1969年4月10日に廃車となっている。