シネマ紀行
 二十四の瞳
 香川県小豆島   2001.9.8-9 CAMEDIA E-100RS

 1987年 松竹 129分
[監督]朝間義隆
[原作]壷井栄
[脚本]木下恵介
[撮影]花田三史
[音楽]三枝成章
[出演]田中裕子、武田鉄矢、佐々木すみ江、松村達男、紺野美沙子、川野太郎ほか

『二十四の瞳』が発表されたのが1952年。最初の映画化は1954年で、木下恵
介監督、高峰秀子主演であった。再び映画化されたのが33年後の1987年で、小
豆島各地でロケが行われた。

ロケから14年を経て、ロケ地の情報も入手しにくくなっているが、きちんと調べれ
ばもっと情報は得られると思う。今回は、比較的分かりやすいところにあるロケ地を
たずねてみた。『二十四の瞳』は小豆島の文化遺産であり、ロケ地もそうである。ロ
ケ地を紹介した小冊子の発行を望みたい。

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明治35年建造の旧苗羽小田浦分校。

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土庄港の「二十四の瞳」平和の群像。

十年をひとむかしというならば、この物語の発端はいまか
らふたむかし半もまえのことになる。世の中のできごとは
といえば、選挙の規則があらたまって、普通選挙法という
のが生まれ、二月にその第一回の選挙がおこなわれた、二
か月後のことになる。昭和三年四月四日、農山漁村の名が
ぜんぶあてはまるような、瀬戸内海べりの一寒村へ、わか
い女の先生が赴任してきた。


            壷井栄『二十四の瞳』書き出し


  
池田町・野天桟敷 幅200m高さ15mの石棧敷(国指定の重要有形民俗文化財)

hitomi-isisajiki.jpg (112713 バイト) 大石先生がはじめて岬の分教場に登校する日、
自転車で走り抜ける場所の一つがここ。

この桟敷は、亀山八幡宮の氏子が、年一回桟敷料を納め、使用する権利を持てるが、代々桟敷の場所が決められているという。
   

   内海町・二十四の瞳映画村の分教場と民家

hitomi-bus.jpg (85578 バイト) hitomi-kyousitu.jpg (97867 バイト)

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撮影のために作られた分教場と田浦集
落の民家のセットは、最初の映画の舞
台となった岬の分教場の近くに移築さ
れ、映画村となっている。

分教場は本物そのままに作られていて、
レトロなバスも絵になる。

民家は、売店や食堂などとして活用さ
れている。

   土庄町・弁天島付近

hitomi-bentenjima.jpg (76366 バイト) 足を骨折した大石先生に会いに子供たちがたず
ねてくる。おなかをすかせた子供たちにきつね
うどんを食べさせた後、写真屋さんをたのんで
一本松へ出かけ記念写真を撮る。


原作では一本松を背にして写真を撮るが、映画
では海岸。ロケされたのは、小豆島国際ホテル
裏の弁天島付近の海岸。後方に屋島が見える。

   池田町・亀山八幡宮

hitomi-hatimangu.jpg (125894 バイト) 大石先生が結婚式をあげる八幡宮。子供
たちが、先生の花嫁姿を見るためにやっ
てくる。


ロケされたのは亀山八幡宮。立派な門を
持つ神社である。

   内海町・マルキン醤油モロミ蔵

hitomi-marukin.jpg (100465 バイト) 大石先生が自転車で走り抜けるシーンや子供が
病気になり抱きかかえて医者へ駆けつけるシー
ンに登場するのが、マルキン醤油のモロミ蔵裏
の道。


この蔵は、マルキン記念館の建物とともに文化
庁の登録文化財に指定されている。

  この映画の中で印象に残るものが二つある。

  ひとつは、渥美清の語りの中に出てくる「海の色も、山の姿も、きのうにつづくきょうでした」という言葉。
  原作では、「海の色も、山の姿も、そっくりそのままきのうにつづくきょうであった」となっている。

  もうひとつは歌詞。原作では、「やまの かぁらぁすぅが もってぇきぃたぁ・・・・・・ あかい ちいさぁな
  じょうぶくろ・・・・・・」、映画ではこれに続く歌詞があり曲が付けられて、この映画の主題歌として効果的に
  使われていた。この歌は、もともと歌詞と曲が付いている歌なのだろうか。

[シネマ紀行]