シネマ紀行
 喜びも悲しみも幾歳月
 神奈川県観音崎、北海道石狩浜、新潟県弾埼、三重県安乗埼、香川県男木島 、北海道日和山

1932年、上海事変勃発の年、新婚夫婦(佐田啓二、高峰秀子)が観音埼燈台に赴任する。翌年、日本は国際連盟を脱退、夫婦は石狩燈台へ転勤する。冬の寒さに耐えながら、長男と長女に恵まれる。

1937年、長崎県の孤島・女島燈台へ転勤。1941年、佐渡島の弾埼燈台に転勤する。翌年、日米開戦となる。終戦を、静岡県の御前埼燈台でむかえる。

1950年、三重県の安乗埼燈台へ副台長として転勤する。娘(有沢正子)は、御前埼で親しくしていた知人(夏川静江)の世話で、東京の大学へ進学する。

1954年、台長として香川県の男木島燈台へ赴任する。このとき、息子(中村加津雄)が不良と喧嘩して刺され死亡する。

1955年、再び御前埼燈台へ。娘は、東京の知人の息子(仲谷昇)に恋われて結婚する。そして、小樽の日和山燈台へ。

映画は、霧の立ち込める日和山燈台への坂道を登る老夫婦のうしろ姿で終わる。

 

 神奈川県観音埼 97.7.22

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真夏の観音崎海岸
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青空に映える八角形の燈塔、1925年の建造


この映画は、観音埼燈台への坂道を登る若い燈台員夫婦の
姿で始まる。この燈台で第2の人生をスタートした夫婦は、
これからの人生を力強く生きぬくことを誓い合う。


観音埼燈台は三浦半島の東端にあり、浦賀水道に面して立
っている。初点灯は明治2年(1869)1月1日、フラ
ンス人技師ウェルニーの設計によるわが国最初の洋式燈台
であり、ここからわが国の燈台建設の歴史が始まった。

 北海道石狩浜 96.7.3

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はまなすの花が咲き乱れる石狩浜。
右の黒い石碑は、『喜びも悲しみも幾歳月』の歌碑。
病床の妻の枕元でマンドリンを引く
若い燈台員。

妻 世間の人たちだって、あたしたちのこと
  忘れてるわよ。沖を通る船だって、あた
  したちの苦労、知っててくれるのかしら。

夫 誰も知っててくれなくったって、いいじゃ
  ないか。俺の苦労はお前が知ってる。お前
  の苦労は俺が知ってるよ。


やがて、妻は息をひきとる。

夫 この燈台の光が、沖の沖の方まで輝いて見
  えるんだ。俺もお前も、この光を守るため
  に生きてきたんだ。



この辺りは、今から70年くらい前の昭和初期の頃は、原野が広がる未開の地であったと思われる。
映画では、木造の官舎が立っていたが、今は撤去され、はまなすの丘の真ん中にぽつんと燈台が立
っているだけだった。

 新潟県弾埼(はじきざき) 01.6.1

hajikizaki.jpg (158834 バイト) 長崎県の孤島・女島(めしま)から、「今
度は日本の真ん中だよ」と言って、新潟
県佐渡の弾埼へ転勤する。

太平洋戦争が勃発した昭和16年、雪の
弾埼。兵隊送りに行った若い燈台員がけ
んかし、顔にけがをして帰ってくる。

聞けば、「兵隊のがれのために燈台員に
なった」と言われ、けんかになったとの
こと。憤慨した主人公は、若い燈台員を
連れてけんか相手の家に出かけるが、酒
席に座らせられ、酔っ払ってしまう。



←モニュメントが立つ弾埼燈台

映画では、まわりに建物があり、燈塔の
トップが赤く塗られていたので、別の燈
台のような印象を受ける。

 三重県安乗埼(あのりざき) 02.5.26 CAMEDIA

   杉林の海岸沿いの道を少女と少年が自転車で走り去ってゆく。その先には、四角い燈台が見える。途中で出迎える
   父親と母親。少女と少年は、父親と母親にプレゼントを渡す。戦争が終って平和な時代をむかえ、二人の子供たち
   は高校生になっていた。

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   ロケから50年近くが経過し、子供たちが自転車で走ったあたりには松はなかった。当時の松は枯れて、
   今ある松は、その後に植えられたものであろう。燈台前の草地は広々としていて、気持ちがいい。

 香川県男木島(おぎしま) 95.3.12

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   燈台に着く頃、曇っていた空がにわかに晴れた。右手が燈台資料館、休館日だったが入館させてくれた

   高松港から女木島(めぎしま)を経由してフェリーで40分。
   港から燈台まで徒歩で約30分。島の北端に燈台がある。
   燈台は塗装をしていないため自然のままの石の色をしていて、まわりの風景とのコントラストが美しい。

     
 高松で息子を亡くし、男木島から御前崎へ赴任する船の中。

        
妻 あなたがはじめて台長になった一番うれしいなつかしいはずの燈台なのに。
        
夫 人間の一生って、何事もなく無事に通るってことないさ。
        
妻 750も燈台があるんだもの、たくさんの人が色んな悲しいことにめぐり会うのね。

 北海道日和山(ひよりやま) 96.7.3


この映画のラストシーン、主人公の老夫婦が小樽市高島岬の先端に立つ日和山燈台への斜面をのぼってゆく。
左手の断崖の柵沿いに燈台までゆける。右手に見えるのが「小樽鰊御殿」、画面には映っていないが手前には「おたる水族館」がある。


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