シネマ紀行
 砂の器
 秋田県羽後亀田、島根県亀嵩駅/湯野神社ほか

  昭和49年(1974) 松竹 143分
 [監督]野村芳太郎
 [原作]松本清張
 [脚本]橋本忍、山田洋次
 [撮影]川又昂
 [音楽]芥川也寸志
 [出演]丹波哲郎、森田健作、加藤剛、島田陽子、緒方拳、加藤嘉、渥美清ほか

東京の国鉄蒲田操車場で殺人事件が発生する。
殺された三木謙一(緒方拳)が言っていたカメダという言葉を手がかりに捜査を始める。
東北の羽後亀田を捜査するが成果がなく、やがて捜査本部は解散し、迷宮入りになりつつあった。

事件を追い続ける今西・吉村の二人の刑事(丹波哲郎・森田健作)の執念、保身のために殺人を犯す
作曲家(加藤剛)の生い立ち、それらがサスペンスを伴いながら情感豊かに描かれている。
交響曲「宿命」の発表演奏会の進行とともに、四季の移ろいの中で放浪する父子の宿命的な物語が
展開してゆく。
 

吉村刑事  カメダカと読むんですかね。 

今西警部補 うん、国語研究所の桑原さんにね念を押したんだがね。
      そしたらね、カメダケかもしれないけど、そんなこと
      はどうだっていいってよ。というのはだね、ズーズー
      弁っていうのは、語尾がはっきりしないのが特徴なん
      だそうだ。だから、カメダケにしてもカメダカにして
      も、ズーズー弁の人が発音するとね、我々の耳には、
      カメダに聞こえるって、カメダだよ。


吉村刑事  ハッハッハッハ、お手柄ですね。


 

羽後亀田駅
05/10/21
この映画は、今西警部補と吉村刑事が羽後亀田駅のホームに降り立つところからはじまる。
被害者が言っていたカメダは人の名前ではなく地名ではないか、それと東北弁との関係から、
今西警部補は羽後亀田という地名を見つけ、捜査のために羽後亀田へむかう。
上野発21時の秋田行き急行「羽黒」に乗り、羽後本荘着7時40分。
9時33分発の普通列車に乗り換え羽後亀田着9時53分。
上野から羽後亀田まで約13時間を要している。
羽後亀田駅から外に出るとふたりは駅前の食堂に入る。
    

ふたりが降り立つのは右のホーム。当時跨線橋はなかった。

羽後亀田駅の駅舎はロケ当時のもの。駅前の食堂は今はない。

亀田警察署、朝日屋旅館
05/10/21
駅前の食堂で食事をしたふたりは情報収集のために亀田警察署へむかう。
ここで、不審者の情報を得て、不審者が宿泊した旅館へ向かい聞き込みを開始する。

岩城町亀田の集落は、羽後亀田駅の北東にあり、この一帯でロケが行われた。
    

亀田警察署として撮影された建物はかつての郵便局で、1階は
駐車場になっていた。新しい郵便局がすぐ右手に出来ていた。

朝日屋として撮影に使われた旅館「丸半」。
郵便局と同じ通りにあり旧街道の風情が残っている。
   
熊野神社付近の川端 05/10/21

不審者の足取りを追って、熊野神社前の衣川にやって来る。
川で洗い物をする奥さんに、吉村刑事が色々と質問をする。


衣川にかかる橋は木だったがコンクリートに架け替えられ
ていた。白壁の土蔵はロケ当時のままだった。川をおおう
ように大きな木があったが、今はなく切り株が残っていた。

龍門寺
05/10/21
捜査に行き詰まったふたりは寺の門前で、地元の刑事からもらったウリを食べながら今後のことについて話し合う。
今西が捜査を切り上げると言うのに対して、吉村はもっと捜査を継続することを主張する。
    

ロケが行われた龍門寺。
門から本堂までは杉木立の長い参道がつづいている。

今西はこの石仏の角にウリをぶつけて割る。

反対側には美しい像容の石仏がたっていた。

日本海
05/10/21

亀田での捜査を切り上げて帰ることにしたふたりは、感慨深げに夕暮れの浜辺にたたずむ。印象に残るシーンだった。

吉村 色が濃いみたいですね。
   太平洋の方だともっと浅いです。
   何か濃縮された感じだな。


今西 東北なんだなぁ。


ロケされた場所は特定できないが、亀田近くの浜辺に雰囲気がよく似た場所があった。
 

宍道駅
05/4/24

原作では、今西警部補は、東京駅22時30分発の急行「出雲」に乗り、松江着17時11分。東京から松江まで17時間41分かかっている。疲れきった今西警部補は、松江駅前の旅館で一泊し、翌日、山陰本線で宍道へ、宍道で木次線に乗り換えて、出雲三成駅で下車し、三成警察署へむかう。

映画では、東海道新幹線で大坂まで行き、特急「まつかぜ」で出雲に入り、宍道駅で木次線に乗り換えて、三成警察署へむかっている。

今西警部補が木次線備後落合行きへ乗り換えのために待つのが、宍道駅4番ホーム。現在の宍道駅は3番ホームまでしかないが、駅はロケが行われた30年前とほとんど変わっていなかった。

出雲三成駅、三成警察署は、建て替えられていた。

 

木次線亀嵩駅 05/4/24
今西警部補は、殺された三木謙一の巡査時代のことを聞き込むため、三成から亀嵩ヘむかう。
しかし、殺人の動機になるような情報は全く得られない。
失意の今西は、亀嵩駅に立ち寄り、感慨深げにホームにたたずむ。

映画で撮影された亀嵩駅は、駅舎が八川駅、ホームが出雲八代駅。
出雲八代駅は、当時は伝染病とされたハンセン氏病の父と子の別れのシーンにも使われた。
別れのシーンに登場する蒸気機関車D51620は山陰本線で撮影したものであるが、D51620は山陰本線大山口駅に保存されている。
    

亀嵩駅として撮影された八川駅の外観。

八川駅の出札口。

亀嵩駅のホームとして撮影された出雲八代駅。

八川駅のほかに、亀嵩、出雲八代、下久野など木次線には昔ながらの駅舎が残っている。 関連ページ木次線の木造駅舎

亀嵩駅。

亀嵩駅の駅名標。

出雲八代駅。

亀嵩駅舎内のそば屋さんには、ここをおとずれた有名人の写真や色紙が飾られている。松本清張氏もここをおとずれていた。
ここ扇屋のヤマカケそばは、少ないそばつゆの中に麺が入っていて、好みに応じてつゆをかける。
大原新田 2000/9/18
北陸から山陰へ、乞食同然の姿で放浪を続ける父子は亀嵩にやって来る。
亀嵩に入る前に田んぼの中を歩いてくるシーンが撮影されたのが、横田町(現在は奥出雲町)の大原新田。日本の棚田百選に指定されている。









   

 

湯野神社(亀嵩神社) 05/4/24
父子は神社の床下にいるところを亀嵩駐在所の巡査・三木謙一によって保護される。
ロケが行われた湯野神社は、亀嵩駅から国道を3kmほど東に行った所にあり、鳥居横に、「砂の器」の記念碑が立っている。
亀嵩駅のそば屋さんの写真によれば、記念碑の除幕式には「砂の器」の関係者が参加されたようだ。
    

杉並木の石段。

湯野神社本殿。

松本清張の筆による「砂の器」記念碑。


2011/11/4 LUMIX G1

下久野 05/4/24
三木巡査は父子を駐在所へ連れて行き、事情聴取ののち、父親を村内の隔離病舎へ運ぶ。
そして、父親を岡山県の病棟へ移し、子どもを自分たち夫婦が育てることを決心する。

駐在所のロケ地は、下久野駅から1.5kmほど東にある。ロケ当時とはかなり雰囲気が違っていた。
    

駐在所として撮影された民家は建て替えられていた。

下久野付近の木次線の風景(ロケ地とは関係なし)
    

秀夫が砂の器を作るシーンが撮影されたのは久野川大橋付近。
2011/11/4 LUMIX G1

千代吉が倒れこむ金比羅権現の石灯篭は、道路の拡幅工事で久野
川大橋付近の交差点角に移設されている。

伊勢
10/3/17
原作では次のように書かれている。
「今西栄太郎はホームを歩いて、近鉄の参宮線に乗り換えた。
伊勢市には二時間ぐらいで着く。
今西には、伊勢市というと、どうも気持ちにぴたりと来ない。
昔から言いならされた宇治山田市のほうが、いかにも伊勢参宮に来たという気持ちがするのだ。
戦前に一度来たことがあるが、市内はあまり変わっていなかった。」

伊勢参宮に行った三木謙一がなぜ急に東京へやって来たのか、今西刑事は疑問に思っていた。
山陰出張で成果がなかったことから、出張を言い出しかねた今西は休暇を利用して伊勢へやって来る。
原作では伊勢市をたずねることになっているが、映画では二見浦駅に降りて、駅近くにある三木謙一が泊まった旅館をたずねる。
    

二見浦駅は建て替えられていた。
駅前の鳥居は当時のままだった。

二見旅館としてロケされた扇屋は鳥居をすぎたすぐ左手にある。
現在は和食のレストランになっている。

今西刑事は、宿の女中から聞き込みを行い、三木謙一が2度も行ったという映画館「ひかり座」を訪ねる。
そして、「ひかり座」で三木謙一が急に予定を変更して上京した理由を知る。
「ひかり座」としてロケされた「旭館」は伊勢市駅近くにあったが取り壊されて今はない。
「ひかり座」の支配人役として登場する渥美清が、重いストーリー展開の中で清涼感を与えてくれた。
渥美清はこの頃、男はつらいよ13作「寅次郎恋やつれ」14作「寅次郎子守唄」に出演している。
相倉集落 04/4/30
伊勢での調査を終えて帰って来た今西刑事の元へ、亀嵩での調査の時に会った桐原老人から手紙が来ていた。三木謙一が世話をしたという親子の本籍地が分かったというのである。

今西刑事は、本籍地の石川県上沼郡大畑村へむかう。
そこで、父と子の流浪の旅の発端を知る。

大畑村として撮影されたのが、平村(現在は南砺市)の相倉集落である。世界遺産に指定され、現在はどの合掌造りもきれいに整えられているが、ロケ当時はかなり荒れていたようだ。

ここでは、今西刑事がたずねるシーンと父子が旅立ってゆくシーンが撮影された。




   

 

その他
05/4/24

ロケ隊が宿泊した雲南市木次町の天野館。

天野館からすぐの木次堤の桜並木(日本の桜百選)

映画では最後に次の言葉で締めくくっている。

ハンセン氏病は医学の進歩で特効薬もあって、現在では完全に回復し社会復帰が続いている。
それをこばむものは、まだ根強く残っている非科学的な偏見と差別のみで、本浦千代吉のような患者はもうどこにもいない。
しかし、旅の形はどのように変わっても、親と子の”宿命”だけは永遠のものである。


[シネマ紀行]