シネマ紀行

 八つ墓村

 岡山県勝山町/神庭の滝 1999/4/14   岡山県高梁市/福地 2016/11/14
 岡山県新見市/備中神代駅・満奇洞、鳥取県日野町/明地峠、岡山県成羽町/広兼邸 2000/4/11

 1977年 松竹 151分
[監督]野村芳太郎

[脚本]橋本忍
[原作]横溝正史

[撮影]川又昴
[音楽]芥川也寸志
[出演]
渥美清、萩原健一(少年時代:吉岡秀隆)、小川真由美、山崎努、山本陽子、
    市原悦子、中野良子、加藤嘉、井川比佐志、下條正巳、藤岡琢也ほか

  
sb0097.jpg (12897 バイト)

不思議な新聞の尋ね人の呼び掛けに応えて、祖父・丑松(加藤嘉)に初めて会った辰弥(萩原健一)だったが、丑松はその場で悶死してしまう。死因は毒殺。

見えない糸に手繰り寄せられるように、未亡人・美也子(小川真由美)の案内で生まれ故郷「八つ墓村」へ向かう辰弥。

村に向かう途中の山々が豪家「多治見家」の所有するものであり、その後継者は自分であることを辰弥は聞かされる。そして舞台は不気味な名を持つ村へ……。

 「砂の器」のスタッフが2年3か月をかけて製作。全編に流れる奇妙な雰囲気、巧妙なトリック、そして 、
 豪華な出演者の顔ぶれも見どころのひとつだ。金田一耕助役を渥美清が演じているのも、今となってはたい
 へん興味深い。つば広の帽子をかぶった目立たない金田一耕助だった。

 当時38歳の小川真由美が妖艶な美しさを見せていて、この映画の主演女優の位置を占めていた。
 おどろおどろしいストーリー展開の中で、当時35歳の山本陽子の清純な美しさが安堵感を与えてくれた。

神庭(かんば)の滝

yatu-kanba1.jpg (176808 バイト)
「日本の滝百選」神庭の滝。
冒頭のシーンで、傷だらけの落武者たちが必死によじ登ってゆくのがこの滝。何人かは足を滑らせて滝壷へ落ちる。

この物語の始まりにふさわしい印象的なシーンだった。
yatu-kanba2.jpg (93343 バイト)
神庭の滝は有料の公園の中にある。
遊歩道の途中に、玉垂の滝という小さな滝がある。
湧水が苔むした岩肌から垂れ落ちる様子を玉だれと名付けた。

備中神代(こうじろ)駅

  美也子の案内で、辰弥は大阪から八つ墓村へ向かう。
    山陽新幹線で岡山まで行き、岡山で伯備線の普通列車に乗り換える。
  映画では、備中川面付近を走る6両編成の気動車が映し出されていた。
  ふたりは備中神代駅で降り、そこから迎えに来ていた車に乗る。
  この頃の時刻表を見ると、岡山から備中神代まで2時間半くらいかかっていた。
  ちなみに新見まで特急を使えば、1時間半くらいで着ける。


  yatu-kojiro1.jpg (82364 バイト) yatu-kojiro2.jpg (71627 バイト)
  伯備線へやって来たのはちょうど10年ぶりである。関連ページ 伯備線/布原
  10年前は新緑真っ盛りの頃に来たが、今回は桜が満開だった。
  ただ、このあたりには桜の木が少ないうえに、山深いためか開花が遅くれていた。

    このときはロケ当時の駅舎が残っていたが、2001年に解体され待合室のみとなっている。
  当時を偲べるのは跨線橋のみ。

明地峠

yatu-aketi.jpg (159896 バイト) 美也子は八つ墓村を展望する地点で車を止め、辰弥へ多治見家の場所や多治見家が所有する山林などについて説明する。

明地峠は隠岐島へ配流された御醍醐天皇が通ったと伝えられる峠。標高650mの明地展望台からは雄大な伯耆大山を望み、眼下に広がる地形が八つ墓村という設定になっていた。

映画では大山はトリミングされ、画面には映し出されていなかった。この峠から見る残雪をいただいた大山は美しい。

高梁市福地

  美也子と辰弥を乗せた車が町の中心部を通りかかると、濃茶の尼という得体のしれないばあさんが車に近づいて
  
「祟りじゃ〜っ! 八つ墓明神の祟りなんじゃ〜っ!」と叫ぶ。当時このセリフは、流行語になった。
   そのロケ地が福地簡易郵便局隣の土田酒店(現在は廃業)前。向かいにはバス待合所のセットがあった。
   町の中心部という設定なので、
辰弥がバスに乗ろうとするシーンなど度々登場する。
  今から40年前、渥美清をはじめたくさんの俳優たちがここへ集結した。


南から見る。左手が旧土田酒店、その向かいにバス待合所のセットがあった。
美也子と辰弥を乗せた車はむこうからこちらへ向かって走ってくる。
橋の欄干の形状はロケ当時と同じだったが、工事の足場が組まれていたので形状が変更されるかもしれない。


旧土田酒店は食料品店という設定だった。


電柱と橋の間あたりにバス停のセットがあった。

広兼邸

  美也子と辰弥が多治見家へ到着する。
  門へ通じる坂道の途中で義姉の春代(山本陽子)が出迎える。

  yatu-hirokane1.jpg (241129 バイト)

  yatu-hirokane2.jpg (100576 バイト) yatu-hirokane3.jpg (109589 バイト)
  お城のような石垣の上に立つ広兼邸。   向いにある天広神社。

  広兼氏は大野呂の庄屋で、同家2代元治が享和、文化の頃小泉銅山とローハ製造(ベンガラ)を
  営み巨大な富を築き、徳川末期に建てられた楼門づくり城郭にまがうばかりの石垣は、今もその
  ままに当時の富豪を偲ばせている。

  二階建ての母屋、土蔵3棟、楼門、長屋、石垣は文化7年(1810年)の建築で庭園には水琴
  窟が設けられており、規模、構造とも雄大な城郭を思わせる構えである。

  邸宅の向いには明治初期、天広神社が建てられ、広兼個人の神社として祭られた。社務所もあり、
  境内には花木が植えられ、池・築山がつくられ、形の整った石灯籠数基がおかれ、狛犬もあり、
  全体的には庭園風となっており衆楽園と呼んでいる。

  離れは大正の建築でお茶室、化粧部屋、客間、風呂等をそなえたお座敷で、当主の結婚式に一度
  使用しただけで以後は使用されていない。
(成羽町観光協会資料より)

満奇洞(まきどう)


  映画「八つ墓村」は、岩手、山口、高知、沖永良部、そして岡山、と全国の主だった鍾乳洞でロケ
  された。非常にぜいたくなロケ地選びである。

  満奇洞でロケされたのは、千枚田という皿状のものが重なった場所で、映画では青い鬼火の渕と呼
  ばれていた。千枚田に青白いライトを当て、その前にある池にエメラルドグリーンの水を溜めて、
  小梅おばあさんの死体を浮かばせた。


   yatu-maki1.jpg (115176 バイト)  yatu-maki2.jpg (62716 バイト)

  
 ロケが行われた千枚田。           入口に立つ歌碑。

  満奇洞は延長400mで変化に富んでおり、「洞穴の博物館」と呼ばれている。昭和4年に来遊し
  た与謝野鉄幹・晶子夫妻が、その美しさを「奇趣に満ちた洞」と絶賛したところから満奇洞と名付
  けられた。

  
  与謝野夫妻の歌碑 おのずから不思議を満たす百の房ならびて広き山の洞かな 寛
             満奇の洞千畳敷の蝋の火のあかりに見たる顔を忘れじ  晶子

[シネマ紀行]