小倉祇園太鼓
1975

1975年7月、はじめて小倉祇園太鼓を見に行った。当時の撮影では一眼レフと二眼レフを併用していたが、機動性よりも画質を重視して二眼レフで撮影した。とても難しい被写体で、平板な写真になってしまいそうだったので、ローアングルやスローシャッタなど工夫してみたが、あまりいい成果はえられなかった。  1975/7/12 MamiyaC330


中央銀座通りの太鼓広場にて。魚町二丁目の山車
(だし)がやって来た。
中央銀座通りは、紫川沿いの道と魚町銀天街アーケードとの間に南北に走る通りで、今もちゅうぎん通りとして商店街を形成している。


竪町の山車。囃子に合わせて踊るように太鼓をたたく。
空にひびいたあの音は
たたく太鼓の勇み駒
山車
(だし)の竹笹 提灯は
赤い灯
(あかし)にゆれて行く

今日は祗園の夏祭り
揃いの浴衣の若い衆
(しゅ)
綱を引き出し音頭とる

玄海灘の風うけて
ばちがはげしく右左
小倉名代
(なだい)は無法松
度胸千両のあばれうち


『無法松の一生』より
 作詞:吉野夫二郎






 


米町一丁目の山車。たたき手は、白いパンツにさらしを巻いて上半身裸。
たたき手の正装といった感じであるが、サングラスはいかがなものだろうか。



小倉祇園太鼓では少年組の少女たちが目立っていた。白足袋に短パンで、すらりと伸びた足がかっこよかった
 
 


撮影したのは1975年、43年前のことになる。なんとなく時代を感じる。当時、でっぷりした人をほとんど見かけなかった。
太鼓をたたいていた少女たちは、今は50代後半。みなさん、元気にしているだろうか。


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