日向新しき村

大正7(1918)年、武者小路実篤は人間が人間らしく生きるための理想郷を追い求め、宮崎県木城町石河内に新しき村を作った。昭和13(1938)年、ダム建設のため農地が水没することになり、埼玉県毛呂山町へ移転し、残った農地を日向新しき村として存続した。  07/2/9 *istD


  
日向新しき村の中にある武者小路実篤記念館に展示されていた昭和10(1935)年の新しき村の写真。

前を流れる川がダム建設によってダム湖になり、手前の田んぼのあたりが水没した。右手の小高い所と正面奥の所が今も残っている。

村の入口に立つ「日向新しき村」の碑。
村の中へつづく雑木林の道がどこかなつかしい。
  

冬枯れの雑木林からの風景。

雑木林そばの文字が刻まれた石碑。
  

武者小路実篤旧居を復元した記念館の遠景。
  

日向新しき村武者小路実篤記念館。
  

記念館から見た風景。

記念館に保存されている実篤書の「新しき村の精神」扁額。

「新しき村の精神」

一、全世界の人間が天命を全うし各個人の内にすむ自我を完全に成長させることを理想とする

一、その為に、自己を生かす為に他人の自我を害してはいけない。
一、その為に自己を正しく生かすようにする。自分の快楽,幸福、自由の為に、他人の天命と正しき要求を害してはいけない。

一、全世界の人間が我らと同一の精神を持ち、同一の生活方法をとることで、全世界の人間が同じく義務を果たせ、自由を楽しみ、正しく生きられ、天命(個性をふくむ)を全うすることが出来る道を歩くように心がける。

一、かくの如き生活をしようとするもの、かくの如き生活の
可能を信じ、それを全世界の人が実行することを祈るもの、又は切に望む者、それは新しき村の会員である。我等の兄弟姉妹である。

一、されば我等は国と国との争い、階級と階級との争いをせずに、正しき生活にすべての人が入ることによって、入ろうとすることによって、それ等の人が本当に協力することによって、我等の欲する世界が来ることを信じ、又その為に骨折るものである。

  

記念館の少し南にある「無心」と刻まれた石碑。梅がほぼ満開だった。
  

石碑の裏に刻まれた実篤の詩。昭和62(1987)年建立。

 死んだらもう何も出来ない
 出来なくても平気だ
 無心の極はそれでいいのだ
  

南側の坂を下る途中から石碑とダム湖が見える。今、石碑のあた
りは荒地になっているが、ここからダム湖にかけて水田があった。

此処は新しき村誕生の地なり すべての人が天命を全うする事を理想として我等が最初に鍬入れせし処は此処也  昭和43(1968)年建立。