川渡り神幸祭

5月の第3土曜日と翌日の日曜日にわたって福岡県田川市伊田で行われる風治八幡宮の例大祭。祭りのハイライトは2基の神輿と11基の山笠の彦山川の川渡りで、福岡県指定無形民族文化財。 2013/5/18 EOS 7D

 今から450年ほど前の永禄年間に伊田村で疫病が発生し多くの命が失われた。
 スサノオノミコトを祭神とする祇園社を風治八幡宮の境内に祀って病気平癒を祈願した。
 願いが成就したことからそのお礼として山笠を建立し、風治八幡宮の神幸祭に参加したことに始まったとされている。

 1975年5月16日に初めて立ち寄ったが、川の水量が少なく、撮影者も少なかったので川に入って撮影できた。
 その後、1976年、1977年、3年連続で立ち寄ったが、初めて立ち寄った1976年の印象が最も強い。
 今回は、13時半からの風治八幡宮での上伊田の獅子楽奉納、14時からの神輿出御、14時半からの山笠練り歩き、15時半からの川渡りを見た。
 36年ぶりに見る川渡り神事は華やかで感動的だった。  
 関連サイト 風治八幡宮川渡り神幸祭  日本の祭り・川渡り神幸祭


   
●獅子楽奉納〜本殿石段下の前庭で行われる

 
2頭の獅子が舞い、周りを子供たちが飛び跳ねながら踊る。
 
●神輿出御 〜本殿前から石段を降りて鳥居をくぐり、鳥居前で待機する白鳥神社の神輿と合流する。

  
 
●山笠練り歩き 〜伊田郵便局前から風治八幡宮にかけて待機していた11基の山笠が、神輿を先頭に彦山川へむかう。


白鳥神社の神輿と1番山笠(橘)。
 

五穀豊穣を願う五色のバレンが揺れる3番山笠(川端)。

4番山笠(大通り)のマドンナ。女性の付添いはめずらしい。
 

田川伊田駅前を練り歩く2番山笠(新町)。
 
●川渡り 〜15時半ごろから川渡りが開始され、約2時間かけて11基の山笠が彦山川を渡る。
  

風治八幡宮の神輿に続いて、白鳥神社の神輿が彦山川に入る。うしろでは山笠が1番から順に待機している。


手前が8番山笠(下伊田)、左奥が1番(橘)、中央が3番(川端)
 

手前が7番山笠(下魚町)、奥が6番山笠(番田)。


別角度から見た6番山笠と7番山笠。

激しい動きで飛び散ったバレンが水面に浮かぶ。
 

川渡り開始から約1時間、すべての山笠が彦山川に入る。かき手はさぞ寒いことだろう。ときどき酒を回し飲みしていた。
 

16時50分、彦山川を出てお旅所へむかう。

お旅所。削られて低くなった香春岳が右手に見えている。

■1975年5月16日の川渡り神幸祭 CANON Ftb/TRI-X
  炭鉱が盛んだった頃には14基の山笠が祭りに登場したという。
  1960年代からの炭鉱の閉山で山笠を出せない地区があり、この年はわずか3基だった。祭りも1日だけだったと記憶している。
  今は1日目に川を渡り、お旅所で一夜を明かし、2日目に川を渡って戻ってくる。
  はっきりと覚えていないが、午前中に川を渡り、お旅所で休憩し、午後再び川を渡ったのではないだろうか。
   

正面の森の中に風治八幡宮がある。 この頃は見物人との距離がとても近かった。
   

腹にさらしを巻いて、上半身は裸か揃いのハッピ。これは新町の山笠。
   

当時の香春岳はまだ高くて、お旅所の屋根の上に見えていた。
お旅所の屋根の形も現在とは違う。


神楽団の一行が木製の橋を渡る。今、神楽は行われていない。
  

新町とこの鉄砲町の山笠は岸和田のだんじりに似た様式で、今の山笠はこの様式を引き継いでいる。


これは上伊田の山笠だと思うが、山笠というよりは樽神輿のような簡素な造りで車が付いていない。


休憩するときは下に台を置いたので、台を運ぶ人がいっしょに移動した。

2014年5月17日、昨年に続いて再びたずねた。 EOS 5D/24-105
 今回は孫娘たちとお祭り気分を味わうのが主目的だったが、当日は真夏のような暑さだった。