次第に姿を消してゆく木造駅舎

木造駅舎への招待

eki-mojiko.jpg (85566 バイト) 寺を中心に門前町が形成されるように、駅を起点として町
が形成され、鉄道を媒介として町と町とが結ばれ地域社会が
形成されてきた。

 しかし、車社会の到来によってバス路線が拡大しマイカー
が増加するにつれ、特に地方においては、鉄道の存在価値が
低下して廃線に追い込まれた。生き残った路線では、駅の無
人化が進み、駅舎は荒れて行った。

 木造の駅舎にはぬくもりがある。特に明治から昭和初期に
かけて建造されたものはデザインがすぐれており、町のラン
ドマークとしての役割を果していて、人々の生活の中に溶け
込んでいる。

 駅舎に潤いがあれば町が潤い、駅から始まる町の印象も変
わってくる。駅舎は、その町を映す鏡である。

 木造建築は、石や煉瓦に比べて災害に弱く老朽化が早く進
む。それを食い止めるためには多額の費用がかかる。明治・
大正期の木造駅舎は、次第にその姿を消しつつある。


関連サイト「なにそれ」全国の木造駅舎に愛をこめて


←春の宵の門司港駅(JR九州/鹿児島本線・明治42年)



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