俯瞰撮影の魅力 高徳線/大坂峠

 08/6/1
 EOS-1D/28-135


  

大坂峠の旧道は1番札所霊山寺への遍路道。

<撮影ガイド>


元暦2年(1185)2月、源義経は、渡辺の津(大阪市)から船出し、嵐の海を渡って四国に上陸した。そして、吉野川を渡って大坂峠を越え、屋島を目ざした。四国遍路が現在のような形になったのは江戸時代に入ってからとされているので、江戸時代には大坂峠を越える遍路道があったと考えられるが、義経の時代にどのような道があったのか定かではない。

今は、高徳線讃岐相生駅のやや東に国道55号線から大坂峠を越える県道1号線が分岐している。高徳線がよく見えるのは、九十九折りの坂道を4kmほど登ったあたりである。高徳線には特急列車と普通列車がかなり頻繁に走っているが、ほとんどがJR型の新型車両で、普通列車に国鉄型のキハ40系が運用されている。


讃岐相生駅。


左下、白いガードレールが県道1号線。この時期は麦畑と水田が共存している。麦は讃岐うどん用だろうか。