廃墟の風景

別子銅山跡 新居浜市街

2013/9/13
EOS 5D/24-105
    
山間部だけでなく、新居浜市街にも別子銅山の遺構がある。
市街地以外では四阪島に精錬所跡があるが、島への立ち入りは禁止されている。

参考サイト 別子銅山 近代化産業遺産

    
■新居浜選鉱場
鉱石に含まれる銅の割合が少なくなってきたことから選鉱能力の高い施設が必要になり、星越に大正14年(1925)に竣工した。
2009年に操業を停止し、2010年から解体作業がはじまり、石垣のみが残されている。
建物は解体されているが、タンクのような新しい施設もあり、現在も何らかの形で創業しているようである。
   
■下部鉄道星越駅舎
新居浜選鉱場の竣工と同時に開設され、昭和52年(1977)下部鉄道が廃止されるまで利用された。
駅舎の西200mほどのところには、明治26年(1893)の星越トンネルが残されている。
 
   
■山田社宅跡
星越駅南に昭和4年(1929)頃に、250戸ほどから成る高級住宅街が建設された。最盛期には1600人が住んでいたという。
今でも古びた感じはなく、家の中から子供たちが飛び出して来そうな雰囲気がある。

山田社宅は平屋の庭付き一戸建て。

星越駅舎前の廃屋。交番跡ではないかと思う。
   
■山根グラウンド
作務(さむ)といわれる社員の労働奉仕によって、昭和3年(1928)に完成した。観客席は石積みの階段で、運動会などに使用された。
現在も、サッカー、野球、祭りなど多目的に使用されている。

観客席の後ろは大山積神社。
   
■山根精錬所跡
現在の山根グラウンドと大山積神社にかけて、明治21年(1888)に山根精錬所が建設された。
精錬所の煙は煙管を通じて背後の山の煙突から排出されていたが、亜硫酸ガスの煙害問題から明治28年(1895)に精錬所は閉鎖された。
現在も煙突が残っていて、えんとつ山とよばれている。

県道沿いのえんとつ山入口。自由律の俳人・河東碧梧桐の句碑がある。
昭和5年(1930)の作。
  君を待したよ 桜散る中を歩く


えんとつ山への登り道には精錬所の牛車道跡がある。
   

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