廃墟の風景

彦島水雷発射場跡

 
    


地形図を見ると、下関市彦島南公園の北北東の位置に、海に突き出した波止のようなものが描かれている。
縮尺から判断すると50mくらいだろうか、これが水雷発射場跡である。
日露戦争の勃発により、ロシアのバルチック艦隊が関門海峡に侵攻して来た際の備えとして魚形水雷(魚雷)の基地が設けられた。
明治38年(1905)の日本海海戦でバルチック艦隊が敗れたため、この水雷発射場は一度も使われることがなかった。
平成3年(1991)の台風19号によって大破したため、その後に復元されたというが、今回訪ねてみると半壊状態だった。
安全のために柵が設けられているが、柵の金網は大きく破られていた。突堤で釣りをするために破られたのであろう。 
10/7/30 K-7/17-70
      

このあたりは陸地からすぐに海が深くなっていないので、
魚雷発射場を設置するのに適していたのだろう。
発射台の上には魚雷を運ぶためレールが敷かれていたという。
関門海峡をはさんだ真向かいの矢筈山には砲台があった。



魚雷を格納していたトンネル。100年以上経ているがきれいだった。

廃墟の風景