廃墟の風景

池島炭鉱跡

2001年に閉山した九州最後の炭鉱 2016/10/30
PENTAX K-5Us

池島炭鉱の歴史は浅い。

炭鉱の採掘がはじまったのが1955年。
最盛期は1970年で出炭量は153万トン、
戸数2019、人口7776。
閉山が2001年、操業年数は46年間だった。

2016年は、戸数135、人口205。

池島へは瀬戸港から1日6便の船がある。
所要時間は25分ほど。

島内には、船が着く北東の池の口から、南西の神社下まで、1日17便のバスが走っていて、池の口から神社下まで約10分で料金は100円。最近は、島歩きの観光客の利用が多いようだ。

筆者は、瀬戸港12時44分の船で行き、池島港17時の船で帰ってきたが、1時間ほど時間に余裕があった。

帰りは17時の船に乗ったおかけで、日没の美しい風景に出会うことができたのは幸運だった。


参考サイト
九州最後の炭鉱「池島」

 

 朝、 国道から見た池島。丘の上のアパート群、右に旧発電造水施設の煙突などが見える。


遠藤周作文学館付近から池島を見る。池島の手前に、左から大角力島、母子島、小角力島の三つの島が見える。2017/2/6


池島活性化会議作成のマップを手に、バス終点の池島神社下から港へ向かってゆっくりと散策した。所要時間は2時間半だった。


バス終点の神社下の前にある美しいデザインの8階建てアパート。
5階部分に渡り廊下と共有スペースが設けられている。


西へ進むと大きくカーブして行き止まりに第2立坑がある。
立入禁止だが、団体が見学中だったので一緒に入らせてもらった。


第2立坑の前には女神像がある。
作者は、平和祈念像の作者・北村西望の弟子の名鷲岳了か?

女神像が見つめる先の海の下は、この立坑からの坑道が、池島の西にある大蟇島(おおひきしま)周辺まで延びていた。
像の台座には、
慈海 永遠に池島の生命と幸福を守りたまえ
構内作業の安全を祈願したものであろう。


8階建てアパートの裏の道を進む。道路は4階部分とほぼ同じ高さ。


池島小学校のグランド前から展望台へ。海をバックに第2立坑が見える。


第1立坑。


第1立坑付近にはたくさんのアパート群。


石炭積み出し施設。緑色の機械はジブローダーといい、貯炭場の石炭をレ
ールの上を移動しながら掻き寄せてベルトコンベアーに積み込む機械。


壊れた岸壁。彼方に、母子島(はこしま)と大角力(おおずも)。
大角力には洞門がある。


右手の桁の上にはベルトコンベアーがあり、運ばれてきた石炭はこの道路をまたいでさらにベルトコンベアーで左の施設へ運ばれる。
緑色のトリンマーという機械で船に積み込まれた。道路をまたいでいた屋根付きのベルトコンベアーは撤去されている。


トロッコ人車軌道付近。午前と午後それぞれ1回、有料の見学会があり、坑内へトロッコで入ることができる。


斜面に様々な建物があるが、立入禁止で近づけない。


旧発電造水施設。石炭火力発電所で、発電時のボイラーの蒸気を利用して海水から真水をつくる装置が日本で初めて設置された。


16時50分、フェリー乗り場から入江越しに見る池島の夕暮れ。


帰りのフェリーから。左手に池島、その右は大蟇島(おおひきしま)、そして西海に沈む夕日。

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