廃墟の風景

厳原町いずはらまちの隧道

  2015/5/12
EOS 5D PENTAX K-7

対馬の南部、県道24号線に残る三つの隧道は、陸軍が豆酘崎砲台などの建設や物資の運搬を目的に建造されたものである。
三つの隧道はコンクリート造りで、デザインが統一されていて、右書きの扁額が崩落することなく残っている。
太平洋戦争勃発前後の1938年から1942年に建設されたもので、当時は軍の施設として公にされていなかった。
今は県道24号線として自由に通行できる。おとずれたのは火曜日の10時頃であったが、交通量は非常に少なかった。
建造から70年以上経過しているが保存状態がよく、「廃墟の風景」に掲載するのを躊躇したが、以下、北から順に掲載する。

■安神(あがみ)隧道/1939年/延長226.2m/幅4.5m


東口。


西口。


県道から見た久和の集落。県道はこのような集落の住民が利用している。

■久和(くわ)隧道/1942年/延長266.0m/幅4.5m


東口。


西口。


隧道の前後には通行を制限する鉄製のゲートが設けられている。幅2.8m、高さ3.8mでトラックの通行も可能である。

■浅藻(あざも)隧道/1938年/延長204.0m/幅4.5m


東口。


西口。


浅藻隧道西口から浅藻浦を見る。山の向こうに小さく、豆酘崎ミョー瀬照射灯が見える。

廃墟の風景