廃墟の風景

別子鉱山上部鉄道跡

2014/5/21
PENTAX K20D/16-45
 参考サイト 廃線探索 住友金属鉱山上部鉄道

上部鉄道は、標高800m付近から1100m付近にかけて明治26年(1893)に敷設された山岳鉄道である。急斜面の崖を石垣で補強し、わずか1年余りで開通させている。

旧別子の山岳部で採掘され、第1通洞のトンネルや人・牛によって山越えで運ばれた鉱石を運搬していた。

標高1100mにある角石原(かどいしはら)停車場から、標高980mの一本松停車場を経て、5.5km先の標高835mの石ヶ山丈(いしがさんじょう)停車場まで、平均時速8km・片道45分ほどで、2両の機関車が交替で5両ほどの貨車を引いて1日6往復していたという。

石ヶ山丈からは索道と呼ばれるロープウェイに吊るしたゴンドラに積み替えて、現在マイントビア別子がある端出場(はでば)へ、端出場からは下部鉄道で港へ運ばれた。

第3通洞の開通によって東平(とうなる)が中継基地となったことにより、明治44年(1911)に上部鉄道は廃止された。

  
  広瀬歴史記念館・展示室にある上部鉄道切り通しの模型とクラウス社製機関車の走行写真。
   
■第3通洞付近の登山口から角石原へ
東平(とうなる)の登山者用駐車場から10分ほど遊歩道を進むと、東平採鉱本部跡の広場があり、広場の奥に第3通洞の入口が見える。
第3通洞前の左手が銅山峰への登山口で、銅山峰までは1時間40分と案内が出ている。
最初の目的地である角石原は銅山峰の手前にあり、1時間ほどである。

   

登山口。正面に第3通洞の入り口が見える。

柳谷コースと馬の背コースの分岐点。右へ馬の背コースへ。
   

馬の背コースは購買がきつかったが、美しいヤマツツジに出会えた。

ツツジが咲いていたすぐ先で、馬の背コースで唯一視界が開ける場所がある。出発してきた東平が見える。
登山口から約30分


平らなT字路に出る。右は太平坑、左は角石原。ここも上部鉄道の一部、角石原から太平坑まで線路が延びていた。手前にレールらしき鉄塊。
登山口から55分


3分ほど歩くと角石原。角石原停車場跡にたつ銅山峰ヒュッテ付近からは新居浜の町が見える。ここから上部鉄道の本格的な探訪がはじまる。

■角石原から一本松へ(3.0km)

   

第1通洞北口。旧別子の高橋で精錬された粗鋼は、1020mの第1通洞に敷かれた軌道を人車や馬車で角石原へ運ばれた。

上部鉄道には22か所の橋があるとされているが、その最初の橋が上柳谷。右手に清水が間欠泉のように湧き出している。
   

上柳谷のすぐ先にあった石仏。

登山道との分岐点。左へ行けば登山口、直進すれば上部鉄道跡。
   

谷には登山者のために橋がかけられている。

煉瓦の橋脚が残っているところが多い。
   

角石原から1.2kmの無縁仏を埋葬した千人塚。
角石原から約30分

沿線はこのような石垣で補強されている。谷側も同様である。
   

唐谷の3連橋台。下部は石をコンクリートで固め、上部は煉瓦を積んでいる。


七釜谷を渡ると、やがて一本松停車場跡。
角石原から約90分

■一本松から石ヶ山丈へ(2.5km)

角石原から一本松までの道に比べ、一本松から石ヶ山丈までの道は落石や崩落が多く、かなり荒れていた。
          

第2岩井谷。

第1岩井谷。


東平が見える。一本松・石ヶ山丈間ではもう1か所、東平が見える場所がある。
              

紫石と呼ばれる大きな岩。

索道基地跡の煉瓦の遺構。ここから端出場へ鉱石を降ろした。
                   

石ヶ山丈停車場跡。
一本松から約60分

一本松へ戻り東平登山口へ。
一本松から約30分、山中滞在約6時間

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