廃墟の風景

人間魚雷「回天」基地跡

2012/8/25
EOS 7D
周南市観光情報
    
徳山港から巡航船で40分くらいの所に大津島(おおずしま)がある。
大津島は南北に長い島で、北から、大津島、馬島(うましま)、洲島(すしま)から成っている。面積の大部分が大津島であることから、
総称して大津島と呼ばれている。大津島と馬島は400年くらい前に砂洲でつながったそうだ。
人間魚雷「回天」の基地跡は大津島の最南端にある。

帰りの船から見た大津島。左から、洲島、馬島、そして大津島。回天航走訓練はこの海域で行われた。


馬島から魚雷発射試験場跡を見る。右手の岩山の中にトンネルがあり、さらに右手の工場からレールに乗せて魚雷を運んだ。
   

徳山港から大津島を見る。

基地があった場所のすぐ近くの馬島港。
   
■魚雷発射試験場跡
    

馬島からのクローズアップ。
   

大津島と馬島の境界付近から見る。
   

整備工場から試験場へのトンネル。300mくらいだろうか。
    

トンネルの途中にある空気抜きのようなトンネル。
   

トンネルを出ると、桟橋の先に試験場跡が見える。


魚雷発射口。2か所にある。

■整備工場跡
 

整備工場跡地は大津島小中学校・幼稚園。手前の塀は当時のもの。
    

変電所跡。
   

魚雷点火試験場跡。

危険物貯蔵庫跡。
   
■回天記念館
人間魚雷「回天」が完成したのは昭和19年(1944)8月、太平洋戦争終結の1年前だった。
回天の基地は、山口県大津島・光・平生(ひらお)、大分県大神(おおが)の4か所にあった。
搭乗員として訓練を受けたのは1375名、戦没者は整備員を含め145名・平均年齢は21歳だった。
昭和63年(1968)、大津島の兵員宿舎があった丘に回天記念館が建設され、回天の解説や戦没者の遺品・遺影などが展示されている。
    

記念館前の回天模型と慰霊塔。

記念館入口。
   

周南市戸田(へた)の昇仙峰の中腹から見た大津島。ここから大津島までわずか5km。
今は穏やかで平和な海、手前には山陽本線の列車がのんびりと走っている。 2004/6/4 *istD

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