廃墟の風景

片島魚雷発射試験場跡

穏やかな海に太平洋戦争の遺物。09/11/6 EOS 40D、PENTAX K-7
    

片島魚雷発射試験場跡
佐世保鎮守府が開庁されて間もなく、海軍工廠が佐世保湾の北岸に開設された。この工場で製造される魚雷を実地に発射実験するために
大正7七年(1918)川棚村三越郷の片島に魚形水雷発射試験場が設置された。発射した魚雷の進行状況を頂上の観測所から観測し性能試
験を行った。太平洋戦争勃発後、昭和17年(1942)川棚に分工廠が設置されたことに伴い、魚雷発射場の施設がさらに拡張され、その際に
片島は海峡が埋め立てられて陸続きとなった。   平成十八年(2006)川棚町教育委員会


大崎半島から夕暮れの片島を見る。
中央の建物が魚雷収蔵施設、海へL字形に伸びているのが発射台と監視塔、少し離れて右に見えるのが監視所。
軍事施設にしては丸見え。
     


下部は石、上部は煉瓦。まるで教会のように美しい。

屋根は崩落していたが床には白いタイルが残っていた。
    

監視所への道は崩落していた。釣り人がひとり。

監視塔から監視所を見る。


魚雷発射台から見る。崩落が進んでいるがまだしっかりしていて釣り場になっている。
    
発射台への橋は5連のアーチ橋。橋の上には魚雷運搬のレール跡が残っている。
    
小串郷駅の北西に川棚魚雷訓練所跡があり、太平洋戦争中、小串に置かれた海軍特攻隊の訓練に励み、南海で戦死した三千人もの隊員を顕彰する「特攻殉国の碑」が建っている。多くの戦死者を出したフィリピンのコレヒドール島と沖縄の石を使って、昭和42年に建立された。近くの海には訓練施設の一部が残っている。

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