廃墟の風景

萱切隧道

10/9/15 *istDS2, LUMIX DMC-FX35
    


    

萱切隧道は旧犀川町横瀬と築城町本庄の境界にある標高320mの萱切峠の頂上付近にある。
本庄には国指定天然記念物の「本庄の大樟」があり、巨樹ファンには全国的によく知られた所である。

本庄の医師・内野東庵(1841-1926)は医者のいない横瀬へこの峠を越えて往診していたが、トンネルを掘れば峠越えの時間を短縮できると考え、明治36年(1903)、東庵の還暦祝いをかねてトンネル工事に着手し、7か月で無事に開通した。トンネルの長さは約100m、幅と高さは2.5mほどである。トンネルは峠の頂上に近い所に掘られている。仮に勾配45度の峠に100mのトンネルを掘ったとする。三角形の他の2辺はそれぞれ100mであるから、100m上って100m下る代わりに、100m平坦なトンネルを歩くことになる。還暦をむかえた東庵にとっては、頂上付近の急坂を登らずにすむのは体が楽だったのだろう。

トンネル入口にある記念碑の正面には次のように刻まれている。
明治三十六年三月起工 明治三十六年十月竣工 萱切隧道 為還暦自祝 発起人 内野東庵

トンネルは東庵の死後も使われたが、戦後、県道が整備されてからほとんど使われなくなった。

トンネルの位置など正確ではありません。左が旧犀川町、右が旧築城町。町境の山の頂上付近に萱切隧道がある。
本庄の大樟の駐車場に車を停める。集落を抜けて田んぼの中の道を進み、中河内川にかかる橋を渡った集落の先に登り口がある。
駐車場から登り口まで約10分、さらに隧道まで約30分。


本庄の大樟。樹高23m、胸高周囲21m、推定樹齢1900年。明治34年(1901)の火事で主幹部が焼けたが、奇跡的に生き残った。
    

大樟から田んぼ中の道を進む。正面の山並みに萱切峠がある。

中河内川を渡った先にある山すその集落。


山すその集落のすぐ先にある石段を上る。


すぐに「萱切トンネル登口」の標識。

隧道へははっきりとした道があるわけではない。雨が降った時の水路のようなくぼみを進む。途中、分岐らしき所が何か所かあるが、ひたすら真直ぐに進む。道は荒れていて倒木が多く、歩きにくい。

左の画像の標識にはトンネルまで200mと書かれていた。ここまで登り口から15分くらいだった。これから先、勾配が急になり、本当にこの道でいいのだろうかという不安にかられるが、がまんして歩いているうちに、トンネルの入口が見えてきた。

旧犀川町側は、若宮八幡神社からアプローチしたが、標識が全くないため登り口を間違えたのか、到達できなかった。


素掘りのトンネルであるため入口付近は崩落した石が散乱しているが、内部はまだしっかりしているようだった。
   
東庵は85歳の長寿を全うしたが、晩年は仏門に帰依した。

ここは、知恵の文殊様として親しまれている正光寺。ほうきが立てかけてある樟は、東庵が明治35年(1902)ごろ植樹したと伝えられている。本庄の大樟の子孫かもしれない。

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