廃墟の風景

国東の廃隧道


 


六郷満山の仏教文化で栄えた国東半島で本格的な道路整備が始まったのは明治26年(1893)である。                        浜ノ上隧道
明治34年(1901)豊後高田市から国見町竹田津まで開通、明治42年(1909)国東町から国見町伊美まで開通し、国道213号線の原形が出来た。
当時の隧道は、改修されたり、新隧道の建設によって消滅したが、唯一素掘りのまま残っているのが浜ノ上隧道である。
沿岸部や半島中央部にも隧道が掘られた。インターネットの情報を頼りに、懐中電灯とヘルメットを持って国東半島へ隧道探訪に出かけた。 

浜ノ上隧道 明治42年(1909)開設、昭和40年(1965)廃止 2011/10/4 PENTAX K20D
国見町大熊毛の国道213号線ごうや隧道付近にある。
西から行くと、バスが通っていたいうだけあってはっきりとそれと分かる道が隧道へと導いてくれる。
東からは、内迫バス停近くに道があるが途中で藪になり隧道へは到達できなかった。

赤い線は地図に載っていない道、青い線が隧道。位置や距離は正確ではありません。
   

右手に駐車スペースがあり、その先に道がある。

少し歩くと隧道の黒い入口が見えてくる。
    

かつてはバスが通ったというが、地面には堆積物が多い。反対側は半分くらい埋まっているようだ。

内迫港隧道 開設は明治期、詳細年は不明 2011/10/4 PENTAX K20D
浜ノ上隧道の少し先に海岸へ通じる道がある。行き止まりが内迫港で、右手の岩壁の下に隧道がある。
隧道の先は海辺で、右手が絶壁である。南の島田集落へ行くためとか、海辺にあった畑に行くためともいわれているが定かではない。

満潮ですぐ近くまで波が打ち寄せていた。隧道の右手に窪みが見えるが自然のものだろうか。
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見上げれば、絶壁から今にも大きな石が落ちて来そうだ。

港側の入口には岩壁から崩落した石と土が堆積している。


隧道の中から海側を見る。

    
   
一円坊隧道  明治23年(1890)開設 2011/10/4 PENTAX K20D

一円坊側隧道前には竹などが散乱しているが入口は広い。


赤い線は地図に載っていない道、青い線が隧道。位置や距離は正確ではありません。

国見町一円坊をめざして県道31号を南下する。途中に赤根温泉があるので、隧道探訪の後に立ち寄るといい。
県道に車を停めて川沿いの道を東へ、集落を左手前方に見ながら進む。屋根の向こうにコンクリートの壁が見える。
川を渡ったすぐ先で左折すると、コンクリートの壁の下に出る。コンクリートの壁の端から山道へ入る。
ここから道らしき跡を辿ると自然に隧道の前に出た。県道からコンクリートの壁まで5分、さらに7分くらいで隧道に着く。
    

コンクリートの壁が見える。

コンクリートの壁の下を進む。
    

コンクリートの壁から2分くらい。右へ進む。

コンクリートの壁から4分くらいのところにある杉並木。

一円坊隧道は国東半島に残っている隧道の中で最も古い隧道で、現在の国東市と豊後高田市を結ぶ高田往還にある。
隧道と前後の山道は国東市道赤根本線という市道で市が管理する現役の道であるが、実態は廃道となっている。
    

一円坊側入口。

畑側入口。堆積物で狭くなっている。
   
走水観音隧道  開設年不明 2011/10/4 PENTAX K20D

   

走水観音隧道は地図に載っている。青い線が隧道で、走水観音から歩きやすい道を約3分で辿り着く。
    

走水観音堂。裏に湧水がある。

隧道内は落石が堆積している。
   
山浦隧道  開設年不明 2011/10/4 PENTAX K20D

   

赤い線は地図に載っていない道、青い線が隧道。位置や距離は正確ではありません。

県道31号線から安芸ダムのすぐ下流に架かる橋を渡る。付近に車を置いて、左手の細い道を進む。
川沿いに進むと前方にガードレールのある橋が見えている。右折して森へ向かう道を進む。
ガードレールのある橋は地形図に載っていなかったが、県道31号からこの橋へ下りた方がはるかに近道となる。
森に入るとすぐ坂道で、道なりに進んでいるうちに隧道に到着した。ガードレールのある橋付近まで9分、さらに隧道まで8分。
    

ガードレールのある橋付近から右折して森へ向かう。

竹林の中、椎茸のホダ木が並ぶ道を進む。
    

草におおわれているが道の跡が残っている。

隧道の東側から見る。崩落物が堆積している。

初代竹田津隧道 明治 34年(1901)開設、昭和33年(1958)廃止 2014/6/8 PENTAX*istD


赤い線は地図に載っていない道、青い線が隧道。位置や距離は正確ではありません。

現在の竹田津隧道は3代目である。地図の中央部にある新竹田津トンネルとうのがそれで、その南にある竹田津隧道が2代目。
2代目は昭和33年(1958)の開設で、それまでは初代竹田津隧道が使用されていた。それが青線のところである。
国道そばの「岡」と書かれたところから細い道が北へのびている。途中にヘアピンカーブがあるが道なりに進めば到達できる。国道から徒歩20分。


恵比寿像の祠の横を進む。国道から2分


車がやっと通れるくらいの舗装された道。国道から9分


竹のむこうに穴らしきものが見える。
国道から17分


長さ360m、反対側の入口が小さく見えている。
国道から20分


素掘りの隧道で、壁の石が今にも落ちそうだ。入口付近には水が溜まり、その先には土砂が堆積している。
トンネルの真ん中にサミットがあること、土砂が堆積していることにより、反対側のトンネルは半円に見える。
昭和33年まで豊後高田から国見へ行くのに、このトンネルが使用されていたとは驚きである。

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