廃墟の風景

三池炭鉱宮原坑跡 関連サイト宮原坑跡

2013/1/19
PENTAX K10D/16-45
    
宮原坑は明治31年(1898)から採掘が開始され、第1竪坑と第2竪坑があった。閉坑は昭和6年(1931)。
第1竪坑は揚炭・吸気・排水用、第2竪坑は人員昇降用で、排気・排水・揚炭を兼ねていた。
第1竪坑は埋め戻され、第2竪坑は鋼鉄製の竪坑櫓、煉瓦造りの捲揚機室と休憩室、ポンプ室外壁の一部を残すのみである。
毎月第3土曜日の10時から17時まで内部が公開され、炭都ボランティアガイドの方が説明をしてくださる。
市内には案内標識が整備されていて場所が分かりやすい。宮原坑近くに見学者用の広い駐車場がある。


宮原坑跡全景。左からポンプ室外壁、竪坑櫓、捲揚機室、その手前が休憩室。右端の空き地は三池炭鉱専用鉄道跡。
    

ポンプ室の外壁。

坑内から汲み上げた水を川へ流す送水管。


まるで教会のような捲揚機室。大きな煉瓦と小さな煉瓦を交互に積み上げたイギリス積みで建てられている。


捲揚機室から見た第2竪坑櫓。櫓の高さは22m、竪坑の深さは148m。 
     

捲揚機が2台。

 


坑内の昇降に使用されたゴンドラの中から、竪坑櫓越しに捲揚機室を見る。
宮原坑は、ここから500mほどのところにあった三池集治監の囚人たちによって採炭が行われた。
このゴンドラを幾多の囚人たちが乗り降りしたことだろう。
 
  
今、「九州・山口の近代化産業群」として世界遺産への登録申請中であり、宮原坑跡も世界遺産候補となっている。
大牟田市内の産業近代化遺産をたずねてみた。
   

旧三川電鉄変電所/明治42年(1909)。

旧長崎税関三池税関支署/明治41年(1908)。
世界遺産候補
    

三池港閘門は
、干満の差の大きい有明海において、干潮時にも渠内(ドック)の水位を一定に保つための施設。
干潮時に閉門し、満潮になると開門する仕組みとなっている。おとずれたときは開いていた。

明治41年(1908)の竣工で、100年以上経過し現役。
世界遺産候補
    

旧三井港倶楽部/明治41年(1908)。三井財閥の迎賓館として建てられた。現在は結婚式やレストランとして使用されている。


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