廃墟の風景

無窮洞むきゅうどう

太平洋戦争時の防空壕跡 2017/2/5
EOS 7DU/10-18

  
無窮洞は長崎本線南風崎駅の東方にあり、国道に標識が出ているので分かりやすい。
無窮洞は、太平洋戦争中、旧宮村国民学校(現佐世保市立宮小学校)の防空壕として造られた。
当時の校長の指導により、国民学校の生徒たちによって1943年から1945年の終戦の日まで火山岩が掘り続けられた。
無窮とは極まりなく無限という意味で、入口の岩壁に彫られた文字は当時の校長が書いたものである。


入ってすぐのところが主洞。幅約5m、奥行き19m、正面に教壇、左手に水飲み場と明かり棚などがある。まるでローマの地下教会のようだ。


教壇にはしゃれたデザインが施されている。


左手に書類棚、正面に天皇の肖像が飾られていた。


食糧倉庫。天井には掘り跡がはっきり残っている。


かまど。


かまどの近くにある避難のための階段で、上にある野菜畑に出られたという。


副洞。幅3m、奥行き15m。
右手前に便所があったが、現在は見学できない。


空襲の際に全校生徒600人が避難し酸欠状態となったため、農家から「とうみ」という農器具を借りて空気を送り込んだという。

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