廃墟の風景

旧日本セメント門司事業所

明治期に建造されたセメント工場が
115年の歴史を閉じる。


1996/3/11 PENTAX 67/105

この写真を撮った時点では、煉瓦造りの「とっくり窯」が健在で、筑豊からの石灰石列車も走っていた。
鹿児島本線をはさんで両側に工場があり、この位置から見えている建物すべてが旧日本セメント門司事業所である。
工場はこの時点で閉鎖されれいるはずなのに、敷地内にはトラクターのようなものがあり何か作業をしていた。

浅野セメントがこの地で操業を開始したのは明治26年(1893)。
現在残っている建物は、昭和3年(1923)竣工の建物が中核となって後に整備拡充されたものと思われる。
1947年、戦後の財閥解体によって社名を日本セメントに変更し生産を続けたが、1980年に操業を停止した。
1998年には合併により太平洋セメントとなった。
操業停止以来28年間が経過し巨大な廃墟と化した建物は、2008年5月から解体が始まり2009年3月に解体撤去を終える。


2008/8/21 PENTAX K10D/16-50

久しぶりに工場がよく見える地点に立ってみた。
「とっくり窯」の跡には草が生え、鹿児島本線から山側の建物は外壁が外されて鉄骨がむき出しになっていた。
海側の撤去作業が進んでいて高い建物はほとんどなく、関門海峡が見えるようになった。

この写真は
2008年7月19日の
航空写真です。

山側から見たほぼ全景で、手前が国道3号線です。この時点では、山側の解体はほとんど進んでいませんでした。

この貴重な写真は、「恋輝の裏通り2
の「けーばら」さんから提供していただきました。

恋輝の裏通り2」では、旧日本セメントの解体の様子を豊富な写真で見ることができます。

2008年8月21日 PENTAX K10D/16-50
旧日本セメント門司事業所は国道3号線から199号線へ線路を跨いでいる。
上記写真の右端の煙突の見える地点から左手へ国道3号線沿いに進み、右折して坂道を下り、
突き当りを右折して線路沿いに進み、踏切を渡って、右折して国道199号線沿いに進む。
歩行距離は約900mである。工場には高い塀があり、中は見えにくい。


■国道3号線に沿って進む。

煙突のそばの鉄製の大きな建物。

塀越しに見える一番高い建物。

■坂道を下る。
   

坂道の途中から振り向く。

海に向かって、右手に煉瓦張りの旧事務所。


石段の上にあった守衛所は取り壊されていた。


建物は醜い姿になっていた。廃墟を美しく撮るのは難しい。

■線路沿いの道を進む。
   

構内を見ると重機が唸りをあげていた。

この鋼鉄の骨組みもやがて壊される。


工場前を行く宇佐行き普通列車。

■踏切を渡る。
   

踏切を渡って振り返る。

199号線との交差点から見る。

■199号線沿いは高い塀があり中を見ることは出来なかった。
   

2008年9月22日 K10D,*istDS2

快晴の風師山系を背に立つ。


月と煙突。


坂道から見た旧事務所。


外壁が外され鉄骨が露出している。


坂道への曲がり角のホーロー看板。

2008年12月10日 *istDS2/*istD
近くを何度か通ったが大きな建物が少しずつ消えて行っていた。
ほぼ3ヶ月ぶりにたずねた。ほとんど更地に近い状態になっていて鉄筋が高く積まれていた。

   

関門橋がよく見えるようになった。この日の海峡は霧が出ていた。
 
 鉄筋のむこうに風師山系。


廃墟の風景