廃墟の風景

大石峠隧道

2010/9/11 PENTAX*istD
   


大石峠隧道中津側

大石峠と書いて、オシガトウと読む。
江戸時代、日田から中津へは日田往還という街道があり、伏木峠を通っていた。日田往還が整備されたのが県道日田山国線である。
交通量の増加に伴い、県道の南に国道212号線が通ったのが昭和51年(1976)である。大石峠には717mの奥耶馬トンネルが建設された。

大石峠隧道の完成は明治22年(1889)、建造から111年。長さ約72m、幅約4mの素掘りのトンネルで、コンクリートなどによる壁面の補強がされていない。年々崩落し、落下した土が底面に2mくらい堆積しているという。落下した土の分だけ上部の空間が広くなり、直径は建造当時より大きくなっているのかも知れない。

内部の崩落、外面の石の落下などで近寄るのは危険であるが、立入禁止の立て札などはない。中に入っている人がいるようで、ブログなどに内部の画像が掲載されている。筆者は安全第一で、日田側、中津側両方からアプローチし、内部には入らなかった。


■日田側からのアプローチ



大石峠の文字の下のトンネル表示が大石峠隧道。

日田側の入口。


壁面の石が今にも落ちて来そうである。実際に落ちてきた石が散乱していた。

■中津側からのアプローチ


右手の坂道を進行方向とは逆方向に登る。


少し歩くと通行止めの標識。この奥に隧道がある。


中津側の方が不気味な感じがする。

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