廃墟の風景

猿島砲台跡

2017/10/27
EOS 7DU/10-18・18-135
 

江戸末期の1847年、江戸湾防備のため猿島に台場が築かれた。
明治期に入り東京湾要塞の建設が始まり、1884年には砲台が設置され、1893年までに砲台が増設された。
1923年の関東大震災により破損したため1925年に砲台としての機能を停止したが、太平洋戦争時には空襲に備え高角砲が設置された。

今は国指定史跡の公園として公開されていて、三笠桟橋から1日9往復の連絡船が運航している。
おとずれた日は台風通過後で、雨が降り風が強く、海はかなり荒れていた。




旧桟橋のベースとなっていた石組み。ここから桟橋が海へ伸びていた。
使われなくなった桟橋が最近まで残っていたそうだ。


蒸気機関による発電所。
現在でも重油を燃料として発電し、島内の電力をまかなっている。


兵舎や弾薬庫が並ぶ上り勾配の切り通し。木道が設置されて雰囲気を壊している。
右の煉瓦造りは兵舎、
煉瓦の長辺と短辺を交互に積んだフランス積み。日当たりが悪く湿気が多いのか、石積みの壁は苔におおわれている。


雨に濡れる木道を上って行く。左右の石積みは緩みがなくしっかりとしている。
そのむこうに煉瓦造りが見える。右が弾薬庫、左が便所跡。


弾薬庫。大小ふたつ並んだアーチが美しい。


便所跡。屋根と扉の取り付け穴が見える。


切り通しの端に煉瓦トンネル。アーチの上部が分厚い構造になっている。全長約90m、中央部が盛り上がっている。


トンネル出口のむこうにもう一つの煉瓦トンネルが見える。
左側の扉は地下施設への入口。地下施設は2階建ての大規模なもので司令部や弾薬庫として使われていたそうだが、現在公開されていない。


トンネル出口からもう一つの短い煉瓦トンネルを見る。


このトンネルは弾薬庫を兼ねている。


短いトンネルの前から振り返ると、左手に石とコンクリートで造られたトンネルがある。


ふたつのトンネルの間に、石と煉瓦で造られた兵舎がある。


短いトンネルを出ると、左方に2基、右方に2基の砲座跡がある。


左方の1番目の砲座跡。


左方の2番目の砲座跡。


右方の1番目の砲座跡。


右方の2番目の砲座跡。


右方の2番目の砲座跡付近のトンネルを抜けて元へ戻る。


切り通しの途中にある階段を上ると砲台跡がある。


        


帰りの船を待つ間、管理人さんとしばし話をする。


帰りの船から見た猿島。猿島滞在時間は1時間だった。

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