廃墟の風景

旧志免鉱業所竪坑櫓

国登録文化財の炭鉱モニュメント 09/2/1 *istD
    


竪坑櫓は鉄筋コンクリート製のビルディングで、高さは53.6m。石炭を運搬する昇降機を備え、その形をワインディングタワータイプ(塔櫓捲式)という。ケーペ式という巻揚機(1000hp電動)で地下430mまで竪坑が達していた。

この竪坑は、太平洋戦争の戦局の進展で石炭の増産に迫られ、下層群の鉱脈の開発のために造られ、1941年12月28日に着工、1943年5月10日に竣工した。

戦時下の物資が不足する中で造られ、「東洋一の竪坑」と謳われたのは、民間資本ではなく国営炭鉱だったからこそ実現した。現在、戦時中に造られたこの形の竪坑櫓は、世界でベルギーのトランブルール、中国の撫順とここ志免町だけに所在している。志免町ホームページより引用
   


建物の基部や斜坑入口などが遺跡のように見える。
後方には志免炭鉱のぼた山。

   

志免炭鉱の跡地には、志免町の総合福祉施設シーメイトがあり、
遊び場では子供たちの声がにぎやかだった。
←志免鉄道記念公園から竪坑櫓を見る。
 操車場跡と思われるが、香椎線酒殿から分岐して
  いた貨物線で石炭が運び出された。


国鉄勝田線志免駅のプラットホームと線路。
勝田線(吉塚〜筑前勝田)は1985年4月に廃止された。


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