廃墟の風景

高取城跡

2017/5/17
K-5Us/16-85
日本三大山城というのがある。美濃岩村城(岐阜県岩村町)備中松山城(岡山県高梁市)そして大和高取城(奈良県高取町)。

美濃岩村城は、2004年の桜の頃にたずねた。
岩村城址の山桜


備中高松城は、2012年に高梁の町並みをたずねた折に立ち寄った。
備中の小京都・高梁

2012年は車で山腹の駐車場から20分ほど歩いて行ったが、2016年は展望所から雲海を見ることができた。
天空の城

大和高取城は、「街道をゆく」の取材で2000年にたずねているが、あいにくの雨で十分に探索できなかった。
大和・壺阪みち


今回は天候に恵まれ、高取城をじっくり探索することができた。

関連ページ 土佐街道の町並み

 



高取城は標高584mの山頂に築かれた典型的な山城。
築城は1332年にはじまる。現在の規模になったのは1583年以降で、1873年に廃城となり、1887年までに自然倒壊したとされている。

今回の探索は、林道にある八幡口から壺阪口門を通って本丸まで行き、引き返して猿石まで往復し、八幡口へ戻った。
所要時間は約2時間だった。
    

八幡口。5台くらい止められる駐車スペースがある。

八幡口のすぐ手前に、八幡宮への石段がある。
   

大手門跡付近。

十五間多門跡付近。
   

本丸の石垣。
   

本丸から二の丸方向を見る。このあたりは特に緑が多い。

引き返して二の門・猿石方面へ向かう。右へ芋峠2.3kmの標識。
   

国見櫓跡からの眺望。二上山、大和三山などが一望できる。
   

二の門跡。高取城の北西の端。

猿石分岐。左は高取城下へ、右は明日香村柏森へ。
   

ようやく猿石にめぐりあえた。頭の上から木漏れ日がふりそそいでいて、いい感じだった。


廃墟の風景