廃墟の風景

対馬の砲台跡

参考サイト 対馬砲台あるき放題(対馬観光協会) 2015/5/11-13
EOS 5D  PENTAX K-7
    
対馬は国境の島。明治期には対ロシア対策として、昭和期には海峡防備のため砲台や堡塁が築かれた。
対馬には、日清戦争以前が4か所、日露戦争以前が14か所、太平洋戦争時が13か所、合計31か所の砲台・堡塁跡がある。
その中から、保存状態、アクセス難度から4か所の砲台・堡塁をたずねた。

■城山
じょうやま砲台跡
(美津島町黒瀬)
城山には、667年に古代山城が築かれ、1901年にロシア対策として砲台が築かれた。砲台種別は28cm榴弾砲(りゅうだんぽう)4門、射程7900m。
県道24号線から林道への入口に案内板があり、林道を約2km・車で約5分、登山口に駐車スペースがある。
ここには古代山城の金田城跡があり素晴らしい観光資源なので、林道に離合箇所を設け、駐車スペースを拡充していただくと行きやすくなるだろう。


県道から林道へ。


登山口から砲台跡まで約50分。


登山道は広くて歩きやすい。


登山口から約20分で金田城跡の石垣に到着する。


弾薬などの倉庫跡と思われる。砲台は金田城跡に造られたため、道路建設などによって金田城の石垣が破壊されたという。


砲座跡。


監視所後。

ここから北東へ1.2kmほど進むと城山付属堡塁があるが、道が険しそうだったのでパスした。


砲台から5分ほど歩くと標高272mの城山山頂。ここから見る浅茅湾の海の眺めはすばらしい。

■上見坂
かみざか堡塁跡
(厳原町北里)
西海岸・小茂田(元寇の古戦場)からの上陸に備え、城山砲台竣工の翌年1902年に完成した。砲台種別は9cmカノン砲4門、7cm砲4門。
堡塁跡は上見坂公園として整備されていて、広い駐車場、トイレ、展望台がある。堡塁跡へは駐車場から数分。


堡塁の入口付近にツツジが咲いていた。九州本土より開花が遅いようだ。


砲兵詰所(退息所)跡。


弾薬庫跡。


門柱。


砲座跡。砲座の下は弾薬庫跡。

■姫神山ひめがみやま砲台跡(美津島町緒方)
上見坂堡塁と同じ年の1902年に完成、砲台種別は28cm榴弾砲6門、射程7900m。
国道382号線から東へ2km、行き止まり付近に比較的広い駐車スペースがあり、砲台跡まで徒歩約40分。
砲台跡の保存状態はよく、山頂からの海の風景が美しい。


出発地点の駐車スペースから姫神山の稜線を見る。


出発から30分で折瀬鼻との分岐点。折瀬山には砲台跡と灯台がある。


門柱が残る砲台跡へ到着。


井戸跡。

砲台跡の説明板に書かれていた砲台配置図。

姫神砲台となっているが、筆者が見た資料ではすべて姫神山砲台となっていた。

上がほぼ北で、砲座が東西に並んでいて、砲座間に弾薬庫があり、砲座から石段を登ると両端に観測所と司令室がある。

左翼の観測所付近には視界をさえぎる木がなく、黒島から三浦湾にかけての眺望が素晴らしかった。


砲兵の退息所跡。煉瓦、砂岩、コンクリートを使って造られている。


草ぼうぼうの砲座跡。


砲座から右翼観測所への石段。


右翼観測所跡を横から見る。鉄製の屋根がないので青空が美しい。


右翼観測所跡を上から見る。司令室との通話用の穴が見える。
ここで敵艦を観測し、大砲の方角や傾斜を砲座へ指示するための施設である。


左翼の観測所跡からは海がよく見える。正面が黒島、左へ行くと三浦湾から万関(まんぜき)瀬戸と続く。右は外洋。
姫神山砲台は、万関瀬戸を通って三浦湾に入ってきた敵艦を迎え撃つために構築された。
万関瀬戸に砲台を設置するのが最も効果的だと思うのだが、それはともかくとして、ロシアのバルチック艦隊は対馬に入る前に撃沈された。


左手が黒島の頂上にたつ対馬黒島灯台、手前が折瀬鼻灯台。今は、砲台に代わって灯台が海の安全を守っている。
姫神山砲台は結果的には役に立たなかったが、手軽なハイキングコースと美しい海の眺望を与えてくれている。

■豊とよ砲台跡(上対馬町豊)
1934年に完成、 砲台種別は40cmカノン砲2門、射程3万m。戦艦「赤城」に搭載されていた大砲を移設したもの
県道に案内板があり、砲台前まで車で行ける。


県道からの入口に落土(おてど)隧道がある。砲台と同じ1934年の建造。


入口付近。岩盤を掘削しコンクリートで固めている。


巨大の砲塔部の下から見上げる。28mm相当のレンズでは砲塔の一部しか収まらない。
実戦には使用されなかったが、到達距離30kmは対馬攻撃への抑止効果があったそうだ。


大砲を動かすための機械が設置されていた部屋。


砲塔を上から見る。

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